今回の事件に限つてこの名探偵もひどくあわてている。そのあわて方が電話を通してこちらにもよく判る位だ。
「小川さん、もつと大きな声で! 駿三が殺された? 誰に? どこで?」
 藤枝といい林田といい、どうも今日はあんまりあわてすぎるじやないか。
 藤枝は藤枝でいきなり林田に来てもらおうというし、林田はおちついていると思いの外、誰に殺された[#「誰に殺された」に傍点]、なんて愚にもつかぬ質問をしている。誰に殺された? そんなことが判つてる位なら今までの犯人だつてもうちやんと判つてる筈じやないか。ひろ子がいじめられていたのは、それが判らないからじやないか。
 しかしこれもあとで思い出したことだ。
「秋川の家でです。今僕も藤枝も来ています」
「そうですか。すぐ行きます」
 林田はあわてて電話を切つた。
 私がいそいでピヤノの部屋に戻ると、
「どうした。先生、いたかい」
 と藤枝がせわしそうにきく。
「うんいたよ。いたよ。すぐ来るつて云つてた」
「何、すぐ来るつて?」
 何と云うことだ、藤枝はよほどどうかしている。自分で来てくれとたのんでおきながら、私の今の答をきいて全く驚いた顔付をした。

      11[#「11」は縦中横]

 私は「第二の悲劇」という章で、このピヤノの部屋の図取りを読者に御紹介しておいたのであるが、もう一度記憶をあらたにする為にはつきり云つておく。
 ドアからはいつて左手の壁に沿うてかなり大きなピヤノが置いてあり、右手の壁には西洋画がかけてある。ドアに沿うた壁の下の方にはストーブが冬中おかれてあるものと見え、そこがくり抜いてあるが、今は洋風の衝立でかくしてある。そのすぐ上に四尺に三尺位の鏡が壁にはめこんであつた。
 われわれがはいつて来たドアと反対の側には三つの大きな窓があつてその向うが庭である。庭に面した窓と右手の洋画のかかつている壁と直角に交つている隅に立派なヴィクトローラが一台おいてある。
 秋川駿三の死体は、さきにも云つた通り、ドアに沿うた壁、すなわちストーブの前にある洋画の衝立を足の方にして、仰向けに大の字なりに仆れていた。両手は、苦しそうに、堅く握つて、顔面は度々書いたようにひつつり歪んでいる。血も何も出ておらず、一見、外傷のようなものは少しも見えない。
「林田がすぐ来る」
 と私が伝えたのに対して、藤枝はまたおどろいたような様子を示したが
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