ない』というようなことだつたという。初江は気味がわるいので、このことをひそかに林田に伝えた。林田は『そんなことをおそれる必要はない。しかし気味が悪かつたらよした方がいいかも知れない』と答えたそうだ。これはごく常識的な答えで僕にしてもそうきかれればこうでも答えるよりほかに仕方があるまい。風呂にはいる前に初江は気になると見えてまた同じ質問を林田にしたので、林田も同じように答えたと云うことだ」
「成程、それで事件直後林田は気になるので第一にパラフィン紙を探したんだな。その結果、初江は、気味の悪い警告にもかかわらず、木沢氏の薬を一包のんだことが判つたんだな」
「そうさ。しかも検査の結果木沢氏の薬には絶対に間違いがなかつたことが判つた。残りの二包には皆無害な健胃剤がはいつていることが立証された」
「ふうん、して見ると誰がヴェロナールにすりかえたろう」
「そこだ。そうして誰が木沢氏の健胃剤一包をかくしたか。曲者は一応木沢氏の一包を、初江がのんだように見せかけたのだ。それから……」
「電話の主は誰だろうね。女だそうだが……」
「それよりも、もつと大切なことがある。その電話の主は、どうして初江が木沢氏に薬を作つてもらつたのを知つたかということだよ[#「どうして初江が木沢氏に薬を作つてもらつたのを知つたかということだよ」に傍点]」
 暫く沈黙がつづいたが、私はふと、さつきのひろ子との話を思い出した。
「ねえ君、ひろ子は警察へ訴えに出たかしら……」
「行つたろう。そうしてあの素晴らしいテオリーで高橋警部を煙にまいていることだろう。高橋警部がひろ子の説に対して如何なる意見をたてるか、それが見物じやないか」
 こんな話をしているところへ、電話のベルがあわただしく鳴つた。
 私がいそいで出ると、男の太い声がする。
「もしもし、藤枝真太郎さんの事務所ですか。藤枝さんはおられますか。こちらは牛込警察署です」
 私は驚いて藤枝をさしまねいた。
「ああ僕、藤枝ですが……高橋さんですか……何、とうとう行きましたか……ええ……腑におちない? そうですか……ふん、ふん……さあ、それはどうもね……僕ですか、今行かれますよ、じやすぐ行きます」
 彼はガチャリと受話機をおくと私の方に向きなおつた。
「おい、とうとうひろ子嬢が訴えに出たそうだ。午前中だつたそうだが。それで高橋警部は僕に来てくれというんだがね。これ
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