い。私も失礼します」
私はこう云つて、ちよいと腰を浮したが、すぐひろ子にとめられた。
「あらまだいいじやございませんの、食事をしていらつしやいましな。初江さん、あなたかまわないから先にはいつて頂戴よ。さださんは今伊達さんが来ているしねえ、初江さん、林田先生にごめん蒙つてお風呂にいらつしやいよ」
「そうですとも。姉さんがああおつしやるんだから、どうか私にかまわず、おはいりなさい」
初江は、姉の不機嫌なのを早くも見てとつて、ここで自然に場をはずすのがいいと決心したと見え、
「じや、おさきにごめんこうむりますわ」
と云つて立ち上つた。
「どうぞ」
ひろ子は、はつきりと口で云つたが顔は私の方に向けたままだつた。
初江は立ち上つて、また何か林田に云いたいらしい。林田はやはり立つて戸口で何か云つている。
「また、初江の秘密主義よ」
ひろ子は不愉快そうな顔をして私に笑いながら云い出した。
「何かへんな電話でもかかつて心配なんでしよう」
「それだつたら私達の前で云い出してよさそうなものですわね。初江は私達を疑つているのかも知れませんわ」
「まさか」
私はこう云つたが、ひろ子が『私達』という言葉で、自分と私をさしてくれたのを心ひそかに喜んだのであつた。
「ではおさきに」
初江はそう云うとすぐ姿を消してしまつた。
林田はシガレットをくわえたまま、窓の所に立つて外を見ながら何か考えている。
「林田さん、何か重大な事がおこつたと見えますな」
「今ね、あのお嬢さんの所にかかつて来た電話がいつこうわからないんだ。第一誰からかかつたかも判らないんだ」
「女だつてね」
「そう、たしかに女だそうですがね」
私はこの時、十七日の午後、藤枝のオフィスの電話口できいたあの不気味な女の声を思い出して思わず戦慄したのである。
3
「いつたいどんな話だつたのです」
私は勿論こうききたかつたのだ。しかし今こんなことを訊ねた所で到底林田がその内容を云いそうもないのでこの質問はさしひかえた。
ひろ子も私も黙つてしまつた。
林田は林田で頻りに何か考えているようすで窓の所に立つてじつと庭の方を眺めている。
妙な静かな十二、三分間であつた。
私はこの間に藤枝の警告を心にくり返していた。彼は云つた。秋川邸にいるもの、来る者、全部に注意をせよ[#「秋川邸にいるもの、来る者、全部に注
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