父が青い顔をして私共の部屋にまいり、
『このごろは、世の中が物騒だから下男をふやそうかと思う。お前たちも気をつけて、夜ねる時には一通りの戸締りを見てから、ちやんと鍵をかけてねろ』
と申して、また自分の部屋に戻つたそうでございますが、その夜、母がひそかに気をつけておりますと、父は夜中、ピストルを手にして部屋の中をうろうろしていたらしいと申すことでございます。
「ちよつと、秋川さん、その頃お宅には下男は何人いたんですか」
「下男は一人しかおりませんでしたが、老年の執事が一人おりました。今でもまだおります」
「失礼しました。どうか話をおつづけ下すつて!」
「私はそれをきいて、その翌日父が勤めに出ますと、そつと書斎にいつて見ました。この前のとき、何だかあの赤い三角形の手紙と、父の恐怖と関係があるような気がしましたものですから。それに西洋の探偵小説なんかによくあるものですから!
父の部屋にはいつて見ますと、私はまず第一に状差しを見ました。けれど何も見当りません。紙くず籠を見てもやはりないのです。ではやつぱり私の考えは小説の空想だつたのか、とその時はそう思つてしまいました。
3
けれど、これは矢張り私の空想ではございませんでした。十月のはじめ、外出先から私が帰つて来て門の郵便箱を開けて見ますと、そこにまた三角形の印《しるし》のついた手紙が来ています。今日こそは、はつきり確かめねばと私は決心しまして、其の儘、それを父の書斎において、父の帰るのを待つておりました。
珍しく父は、その夕方わりに早く帰つてまいり、着物をきかえながら、夕食はうちでたべるからと云うので、母が台所に行つて女中達にいろいろ食べ物のことについて申している間に、突然父のようすが変つてしまつたのでございます。疑いもなく、父は書斎にはいつてあの手紙を見たに相違ございませぬ。折角母が丹精して作つた夕食にも殆ど手をつけず、食卓に向つても、なんだかしきりに考えているようでございました。
食卓を離れた父は、ますますいらいらしているようでございましたが、書斎に入つたり出たりして落ち着きませぬ。母も何事かと、また心配しているようでございましたが、どうもはつきりしたことは判らないようなのでございます。
夜になりましたが、私はとうてい眠られませぬ。十二時すぎにそつと起きて寝室から出てまいりますと、廊下でばつ
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