てしきりと話し出したが、殆どそれは大切な事柄ではなかつた。
 私はいつも不思議に思うのであるが、よく方々の警察署が功名争いをして、肝心の犯人を取り逃がすなどということがある。彼らが一致さえすれば必ず犯人を捕えただろうというようなことを屡々耳にする。
 それと同じことでこの二人の探偵が互に相談し合い、助け合つたならきつと今度の犯人も捕まるだろうに、と思われるのだが、残念にもそんな気もちは藤枝にも林田にもないように見えた。
 二人とも表は平和に見えるけれども、きつと心の中ではしのぎを削つているのだろう。二人は腹の探りあいをしている、しかもおたがいに、カマをかけて見たところで相手がうかうかと考えていることをしやべるような人でないことを知つているので、決してそんなまねはしない。ただ態のいい世間話をしているのだが、かたわらから見ていると、何となく重苦しい気もちで決して愉快な対面とは云いかねるのである。
 しかしこの空気はたちまちにしてここの主人によつて破られた。
 青い顔に、つるし上つたような目つきで、興奮して駿三が飛び込んで来た。
「林田先生、藤枝先生、こんな手紙が今郵便箱から出て来たのです」
 狼狽しきつた彼の手には、今しがた二人の所に来たと同じような封筒が握られている。
「第一の悲劇は既に行われたり。汝第二の悲劇に備えよ、ですか」
 藤枝が落ち着いてきいた。
「え? 先生! どうしてそれを」
「何、今私の所へもきたんですよ」
「切手をはらずに届いて来たんですね」
 今度は林田がこれもきわめておちついて訊ねた。
「そ、そうです。そうです。他の郵便物の中にまじつて来たのです」
 駿三は林田にその手紙を渡しながらそう云つた。
「如何でしよう。指紋を調べてもらつたら……」
 彼は二人に向つて嘆願するように云つた。
「さあ、こんなことをする奴が、指紋を残すようなへまをやりますかね……顕出すればあなたの指紋か笹田君の指紋が出て来るのが落ちじやないですかな」
 藤枝はこう云いながら急に私をうながして立ち上つた。
「御主人と林田君とのお話もあるだろうし、僕も帰つてする仕事もあるからこれで失礼しようじやないか」
 まあいいではありませんか、という主人と林田にいとまをつげて藤枝と私は玄関まで出て来た。
 林田は応接間に残り、主人が一人送りに出て来た。
 靴をはきながら、ふと何か思い出したよ
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