数ヶ月の獄舎生活をはじめる事になったのである。
 然し当局は、彼の過去について捜査を開始した。彼がプランシェ夫人をおそった動機から考えて似たような犯罪があるにちがいないとにらんだのである。
 ジュルナール・ド・ヴァランスの記事はベリーのマジストレートのフーケー氏の注意を著しくひいた。実にフーケー氏は、二年前即ち一八九五年の八月にブノンスで行われた殺人事件の犯人を極力捜査して空しく手をひいた人である。ブノンスの殺人事件というのは、牛飼いのヴィクトル・ポルタイエという少年が、のどを切裂かれ腹をえぐられて見るも無惨な死体となって牧場で見出された、という事件であった。当時嫌疑のかかったのは、アルデシュという浮浪人で、その惨劇の前夜、現場付近をうろついていたという男によく似ていたのだった。而てこの男の人相は又、一八九五年五月にオー・ドュ・シェーンという所で十八歳になるオーギュスチヌ・モルチュリューという少女の殺人犯人の人相にもあてはまっていた。
 そこでベリーのマヂストレートは直《ただち》にヴァッヘルを送らして自ら之を訊問したが、彼はついにヴァッヘルをして恐るべき犯罪を自白せしめたのである。その自白によると、ヴァッヘルは、ブノンス事件の犯人、モルチュリューの犯人であるばかりではなかった。
(少女モルチュリューの犯人として、グレニエという男が逮捕され、後許されはしたけれども彼は永い間世の批難を受けなければならなかった)
 ヴァッヘルの十八の犯罪を一つ一つここに記す事は困難であるからして、ここにはただその犯罪時と場所と、犠牲者の名とを記すにとどめよう。
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
(1)[#「(1)」は縦中横] 一八九四年、ボールペールに於いて。ユーヂェニー・デロムという婦人に暴行の後惨殺。右胸部を引裂いてあった。
(2)[#「(2)」は縦中横] 同年十一月二十日、ヴィドーパンに於いて。ルイズ・マルセルという婦人ののどを切裂き胸を切って惨殺。
(3)[#「(3)」は縦中横] 一八九五年五月十二日、オーギュスチヌ・モルチュリューという少女の咽喉をさき胸部を切開きて殺害。
(4)[#「(4)」は縦中横] 同年四月二十五日、サンツールに於いて。モーランという寡婦(五十八歳になる者)に暴行を加う。
(5)[#「(5)」は縦中横] 同年九月二十二日、トリマに於いて。アリーン・アレーズという十六歳の少女に暴行を加えた後殺害。
(6)[#「(6)」は縦中横] 同年九月二十九日、サン・テチェン・ド・ブーローニュに於いて。ピエール・マツリーという少年の腹を切裂きて惨殺。
(7)[#「(7)」は縦中横] 一八九六年三月一日、ノアイエンに於いて。マリー・ドルーという十四歳の少女を襲ったが偶然の事で之は暴行に至らず。
(8)[#「(8)」は縦中横] 同年九月十日、ビュセに於いて。ルリューという十九歳の婦人を襲い咽喉を切る。この事件は強盗殺人。
(9)[#「(9)」は縦中横] 一八九六年十月一日、ヴァラン・サントノレーに於いて。ロージヌ・ロヂェ(十四歳の少女)に暴行の後殺害。
(10)[#「(10)」は縦中横] 一八九七年五月十五日、タサン・ラ・ドミ・リューンに於いて。クローダン・ボーピエという若者を殺害。被害者の骨は井戸の中から発見された。
(11)[#「(11)」は縦中横] 同年六月十八日、クルジューに於いて。ピエル・ラヴリーという十三歳になる子を惨殺。
[#ここで字下げ終わり]
 之らの恐るべき犯罪は凡て野原で、多くは夜間に行われた。即ちヴァッヘルは昼間は森や林のかげにかくれ、夜になると狼のように飛び出して人をおそったのであった。
 一八九八年、これらの事件は公訴の提起を見、十月二十六日にヴァッヘルは重罪裁判所で公に取調べられた。
 被告人は三十歳位、非常に神経質に見えた。常に目は動いて一ヶ所を見つめない。何となく一見不気味に見えたのである。
 被告人に対する起訴状が読み上げられている間、彼は絶えず手足を動かし、顔を動かしたりして全く気狂いの有様であった。
 ヴァッヘルは凡ての事実を認めた。而て彼は云った。
「私は、私を裁く人々に対して云いたい。私はただ神に対して答えるべきであるという事を! 私は単に、神の一つの愚かな機械であったにすぎない。私は九歳の時、狂犬にかまれた事があるが、それから以後、特に強い太陽の光の下で、不意に狂気の発作におそわれる事があるがその時は全く夢中で何が何だか少しもわからない。その時は、夢中で誰でもまずそこに来た奴をおそい、之を殺すのだ。陪審員諸君よ、私がいいたいのはただ之だけだ。私は、私を自由にしてくれた医者達の犠牲にすぎないのである」
 その青年時代に無政府主義を信奉していたそうだが、と問われた時、彼はこういう答を
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