あろう。そう思われることは堪えられないのだ。それに、実に矛盾した考えだが、直観は直観としても、僕はどうにでもして米倉が姦夫《かんぷ》であるという確信と証拠を得たい気がしていたのだ。僕は苦悶した。蓉子にも米倉にも何も云わず一人で苦しんだんだ。結局救われる道は一つしかない。芸術に精進することだ。そうして米倉の盛名を一撃に蹴落してくれることだ。そうすれば米倉に対して立派に復讐もできるし、蓉子もまたふたたび僕のものになるに違いない。
 こう決心して僕は終日ペンをとった。しかしもう駄目だ。僕はだめだ。何もできぬ、何も書けない。僕はふたたび絶望の淵に沈んだ。こうやってとうとう昨年の夏まできてしまったのだ。」
「そうか、そんな事情があったのか。僕は少しも知らなかった。」山本はこう云ったが、それはまるで作りつけの人形が、機械で物を云っているような、きわめて洞《うつ》ろな調子であった。
「僕の家庭はほとんど家庭をなしていなかった。僕と妻とはおたがいに終日物を云わないでいる日の方が多くなってきた。もういてもたってもいられないという時になった。蓉子もいよいよ僕を見捨てる決心をしたらしい。蓉子は夫として、芸術
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