き》に生れて来なかったことを憾《うら》みに思っている。彼等は皆自分の妻を独占していることによって、その身体を独占していることによって、慰められている。妻の気持には少しも考慮を払うことなしに!
彼等の妻のある者は常に不平を抱いているだろう。ある者は諦めているだろう。幾人がほんとうに夫を愛し切っているだろう。僕の場合にはそれは考えてもたまらないことなのだ。僕は妻の身体を独占していると同時に、妻から愛し切っていられなければ一日でも安心して生きてはいられないのだ。こういう僕にとって、結婚ということは何と呪わしいことであったろう。
結婚の当初、蓉子は僕を尊敬しかつ愛した。それはたしかだった。しかし愛に眩《くら》まされた僕は芸術の精進を怠った。僕はそれは感じていた。けれど僕は自分の仕事の全部を失っても蓉子に永久に愛され切っていたら、それでいいとすら考えた。
この考えこそ、いかなる意味からでも呪われてあれ! 僕の仕事が衰えると同時に蓉子の僕に対する信頼と愛とが衰えはじめたのを僕ははっきりと感じはじめたのだ。蓉子は、はたして僕を、人間としての僕を愛していたのだろうか。
その頃の僕の苦悩は二時間
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