妻の里にあずけ、家をたたんで、全然一人となって、この病院に程近きアパートメントに入ったのであった。
 さなきだに作品を産出できなかった天才大川は、仇敵《かたき》米倉三造の盛名日に日にあがるのを見つつ、こうやって惨劇以来の半年を送って来たのであった。
 この惨劇が大川竜太郎のこのたびの劇薬自殺事件に関係なしと誰が云えよう。

 さて話はふたたび黄昏の病室に戻る。
 室はおいおいと暗くなってゆく。
 墓場のような静寂は突如大川によって、ふたたび破られた。
「山本、山本……」
「何だ、大川、え?」救われたように山本が答えた。
「君一人か、この部屋は。」
「ああ、今云った通りだ、誰もいない。」
「山本、君は永い間僕の親友でもあり、また医者でもあってくれた。僕あ、深く感謝するよ。」
「…………」
「それでね、僕は今、僕の医者としての君と、親友としての君にききたいことがあるんだが……君、はっきり云ってくれるだろうね。」
「どういう意味だい、それは。」
「つまり僕は一生を賭けた問を君に二つ出したいんだ。その一つには医者としてはっきり答えて貰いたい。それからも一つのには親友としてはっきり答えて貰いたい
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