せる出刃庖丁を蓉子の前に突きつけておどかした。もし蓉子がこれで黙っていたならば、あるいはあの惨劇は行われなかったかもしれないが、蓉子は驚愕の極悲鳴をあげて救いを求めた。襖《ふすま》一つ隔てた隣室に眠っていた大川氏はこの声に目をさましいきなり枕元においてあったピストルを携えて隣室に躍《おど》りこんだのである。賊は蓉子の声におどろいていきなり覆面用の黒布をとって蓉子の口へ押しこみ、同人を押し仆《たお》し両腕に力をこめてその咽喉《のど》をしめつけたため同人はもがきながら悶死した。曲者が蓉子の上にのりかかって同人を絞め殺すと同時に大川氏が救いにかけつけこの態《てい》を見るより一発を賊の右側から撃ち、ひるむところを更に一発その頭部に命中せしめたのであった。しかしながら実に一瞬の差で蓉子の生命を救うことができなかったので、大川氏は悲痛のあまり、大声をあげながら外にとび出したのであった。
なお取調の結果、兇漢大米虎市の持っていた出刃庖丁は二日前、府下××町××番地金物商大野利吉方で兇漢自身が求めたもので同金物店の雇人《やといにん》某は、大米の顔を比較的よく覚えていたためまったく同人の買ったものなるこ
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