と称し××劇場の女優)を殺し、自分はただちに現場において主人のため短銃《ピストル》にて射殺さるるの惨劇が突発した。今暁午前三時半頃、府下××町××番地先道路を警戒中の夜警谷某は、同番地先を隔《へだた》る約半丁ほどの大川竜太郎氏方とおぼしき方向より、突如二発の銃声を聞いたので、ただちに同家に向って急行すると、やがて同家より「泥棒、泥棒」と連呼する声をきき、非常笛を鳴らしながら同家の庭の垣根をとび越えて庭の中に入った。すると主人竜太郎氏が片手に短銃を持ったまま屋内より、庭に走り出て来たが、谷某の姿を認めると、「泥棒、内にいる。殺した。」と叫んだままその場に昏倒した。谷は驚いて竜太郎氏を抱き起すと幸《さいわい》にも氏はどこも負傷なくまったく一時の昂奮のための卒倒と知れたので、しきりに意識を回復せしめんと介抱している折柄、さきの銃声ならびに非常笛をききて密行中の巡査佐藤一郎が駈けつけたので、ただちに××署に急報、警視庁ならびに××署より係官出張取調べたところ、兇漢は午前三時過ぎ、出刃庖丁を携《たずさ》え、同家台所の戸をこじあけて忍び入ったらしく、まず次の間に入り蓉子および長女久子の枕元を物色中、蓉子が目をさましたので俄然《がぜん》居直りと変じ出刃庖丁をもって同人を脅迫したところ、同人は驚愕《きょうがく》のあまり大声をあげて泥棒泥棒と連呼し隣室に就寝中の竜太郎氏に救いを求めたので、賊は狼狽《ろうばい》の極、蓉子に飛びかかりて馬乗りとなり両手をもって同人の頸部《けいぶ》を絞めつけついに同人を窒息せしめた。この騒ぎに隣室より飛び出した竜太郎氏は護身用のピストルを向けて一発を賊の右胸部に、つづいて一発をその右額部に撃ち込んで即死せしめたのである。なお賊の身元、その他については目下詳細取調中である。
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次の日の新聞には左のごとき記事が掲げられている。
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○酒井蓉子殺し犯人は強盗前科四犯の兇漢と判明[#「○酒井蓉子殺し犯人は強盗前科四犯の兇漢と判明」は2段階大きな文字]
――大川氏の行為は正当防衛[#「大川氏の行為は正当防衛」は1段階大きな文字]――
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昨朝文士大川竜太郎氏方に兇漢侵入し大惨劇を演じたことは既報の通りであるが、兇漢の指紋により果然同人は強盗前科四犯あり目下××刑務所に服役中の痣虎《あざとら》こと大米虎市《おおごめとらいち》と称する脱獄者であることが明かとなった。惨劇の顛末《てんまつ》は判検事出張取調べの結果大体次のごとく報ぜられている。
大川竜太郎(三二)は妻蓉子(二六)長女久子(三歳)の三人家族で同家には他に佐藤定子とよぶ女中がいるのだが惨劇当夜より約一週間程前から父親が病気なので一時暇をとっていたため昨今はまったくの親子水入らずの三人暮しである。一時頃大川氏はおそくまで書きものをして、八畳の間に妻蓉子が久子とさきに就寝し、大川氏はその隣室の書斎六畳の間に就寝した。大川氏は近来ほとんど夜間に仕事をするため別室にねることになっていたのである。氏はあまりねつきのいい方でないので眠りに陥《お》ちたのは二時頃だろうということであった。兇漢が忍び入ったのは調べによると、台所で賊は戸をこじ開けて忍び入ったもので、最初台所の次の間を物色したが何物もないのでただちに蓉子の室に侵入し初めはひそかに枕元を探していたものらしく箪笥《たんす》の抽斗《ひきだ》しなどが開け放しになっていた。しかるにその物音に蓉子は目をさまして誰何《すいか》したので、賊は俄然《がぜん》居直りとなり手にせる出刃庖丁を蓉子の前に突きつけておどかした。もし蓉子がこれで黙っていたならば、あるいはあの惨劇は行われなかったかもしれないが、蓉子は驚愕の極悲鳴をあげて救いを求めた。襖《ふすま》一つ隔てた隣室に眠っていた大川氏はこの声に目をさましいきなり枕元においてあったピストルを携えて隣室に躍《おど》りこんだのである。賊は蓉子の声におどろいていきなり覆面用の黒布をとって蓉子の口へ押しこみ、同人を押し仆《たお》し両腕に力をこめてその咽喉《のど》をしめつけたため同人はもがきながら悶死した。曲者が蓉子の上にのりかかって同人を絞め殺すと同時に大川氏が救いにかけつけこの態《てい》を見るより一発を賊の右側から撃ち、ひるむところを更に一発その頭部に命中せしめたのであった。しかしながら実に一瞬の差で蓉子の生命を救うことができなかったので、大川氏は悲痛のあまり、大声をあげながら外にとび出したのであった。
なお取調の結果、兇漢大米虎市の持っていた出刃庖丁は二日前、府下××町××番地金物商大野利吉方で兇漢自身が求めたもので同金物店の雇人《やといにん》某は、大米の顔を比較的よく覚えていたためまったく同人の買ったものなるこ
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