の瞳も輝きはじめた。僕は妻を疑いはじめた。蓉子がいつまでも僕を愛しきって行かれるかを。
 結婚! 人は結婚を愛の墓場だとか恋の墳墓だとかいう。そう思っていられる人々は何と幸福だろう。結婚は平和な墓場ではない。静かな休息所ではない。結婚は恐ろしき呪いだ。
 これは僕の生れつきの生活から来ているのか、あるいは僕が、米倉という恋の競争者をもっていて、それに一度打勝って妻を得たという、そういう特殊な場合だったからかもしれない。が、いずれにせよ、僕は結婚したことによって、ますます心の不安を感じなければならなかったのだ。
 結婚すれば蓉子を完全に得られる――彼女の身体もそうして心も、全部を! こう考えていた僕はなんという馬鹿者だったろう。僕ははじめこそ、それを二つながら得たと思った。しかし、結婚して自分の妻としての蓉子をはっきり眺めた時、僕はいかにして完全に永久に愛しあって行かれるかと思い始めたのだ。
 僕は自分の手に入れた妻が、果して永く僕の手の中にいるかどうかを疑いはじめたのだ。
 僕は多くの夫を知っている。彼等が幸福そうに妻とならんで歩いているのをしばしば見かける。僕は彼等のように暢気《のんき》に生れて来なかったことを憾《うら》みに思っている。彼等は皆自分の妻を独占していることによって、その身体を独占していることによって、慰められている。妻の気持には少しも考慮を払うことなしに!
 彼等の妻のある者は常に不平を抱いているだろう。ある者は諦めているだろう。幾人がほんとうに夫を愛し切っているだろう。僕の場合にはそれは考えてもたまらないことなのだ。僕は妻の身体を独占していると同時に、妻から愛し切っていられなければ一日でも安心して生きてはいられないのだ。こういう僕にとって、結婚ということは何と呪わしいことであったろう。
 結婚の当初、蓉子は僕を尊敬しかつ愛した。それはたしかだった。しかし愛に眩《くら》まされた僕は芸術の精進を怠った。僕はそれは感じていた。けれど僕は自分の仕事の全部を失っても蓉子に永久に愛され切っていたら、それでいいとすら考えた。
 この考えこそ、いかなる意味からでも呪われてあれ! 僕の仕事が衰えると同時に蓉子の僕に対する信頼と愛とが衰えはじめたのを僕ははっきりと感じはじめたのだ。蓉子は、はたして僕を、人間としての僕を愛していたのだろうか。
 その頃の僕の苦悩は二時間
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