かなしくもまたふたつには
涙に咲いた
花でせう

かげろふの
糸より細き命だと
たよりは来たが
どうしよう。


[#1字下げ]雁[#「雁」は中見出し]

今朝《けさ》も 南へ
下総《しもふさ》の
雁《かり》が啼き啼きたちました

さらば さらばと
下総の
風の吹くのにたちました

親と別れた
故郷《ふるさと》の
空を見てゐた雁でせう

旅の身ゆゑに
下総の
風の吹くのにたちました。


[#1字下げ]乙鳥[#「乙鳥」は中見出し]

逢ひはせぬかよ
十六島で
潮来《いたこ》出島の
ぬれ乙鳥《つばくら》に

潮来出島の
ぬれ乙鳥は
いつも春来て
秋帰る。


[#1字下げ]空飛ぶ鳥[#「空飛ぶ鳥」は中見出し]

赤いはお寺の
百日紅《ひやくじつこう》
白いは畑の
蕎麦の花

空飛ぶ鳥ゆゑ
巣が恋し
別れし子ゆゑに
子が恋し

木瓜《ぼけ》の花咲く
ふるさとの
国へ帰れば
皆恋し。


[#1字下げ]枯山唄[#「枯山唄」は中見出し]

潮来《いたこ》出島の
五月雨《さみだれ》は
いつの夜《よ》の間《ま》に
降るのだろ

枯れて呉れろと
枯れ山の
風は幾日
吹いただろ

常陸《ひたち》鹿島の
神山に
己が涙の
雨が降れ。


[#1字下げ]祇園町[#「祇園町」は中見出し]

友禅の 赤く燃えたつ
祇園町
銀の糸の
雨は斜に降りしきる

渋色の 蛇の目の傘に
降る雨も
上に下にと降りしきる

鴨川の 河原に啼いた
河千鳥
君と別れた路次口に
雨はしきりと降りしきる。


[#1字下げ]霞の中[#「霞の中」は中見出し]

甘茶が
沸いた
茶が
沸いた

鐘は霞の
中で鳴る

甘茶が
こげた
茶が
こげた

小鳥《とり》も霞の
中で啼く

甘茶が
はねた
茶が
はねた

花も霞の
中で咲く

甘茶が
燃えた
茶が
燃えた

鐘は霞の
中で鳴る。


[#1字下げ]恋の日[#「恋の日」は中見出し]

春の名残《なごり》の
暮るる日に
紅き花さへ
惜みたり

夕べ 畑で
恋人を
待ちしも
今は昔なり

夏のをはりに
露草の
白き花さへ
惜みたり

河原の岸で
恋人と
泣きしも
今は昔なり。


[#1字下げ]沢の螢[#「沢の螢」は中見出し]

一《ひー》 二《ふー》 三《み》
野寺の
鐘が鳴る


蒼白き
旅人よ

野寺の
鐘は
野に響く

蜻蛉《あけづ》は
沼の
藻の花に

露は
草木の
葉に降つた

沢の
螢は
皆燃える。
[#改段]

豌豆の花[#「豌豆の花」は大見出し]

[#1字下げ]豌豆の花[#「豌豆の花」は中見出し]

おたよ 二十《はたち》だ
二十一だ

嘘だ 二十だ
二十一だ

おたよ 畑で
なにしてた

赤い豌豆の
花見てた。


[#1字下げ]島[#「島」は中見出し]

沖の小島《をじま》は
身をやつす
離れ小島も
身をやつす

離れ小島は
皆恋し
沖の小島も
皆恋し

島の岸打つ
波でさへ
沖の小島に
身をやつす。


[#1字下げ]散る花[#「散る花」は中見出し]

お別れしましヨと
散る花は
心で泣いてゐたでせう

泣きませぬよと
言ふけれど
涙でうるんで居りました

泣いて別れた
花ならば
可哀想ではないでしヨか

どうせ一度は
別れねば
ならぬ二人でありましヨが。


[#1字下げ]土蔵の壁[#「土蔵の壁」は中見出し]

わたしの胸の
恋の火は
いつになつたら
消えるでせう

竈《かまど》の土は
樺色の
焔に燃えてをりました

君はたしかに
夕暮の
野に咲く花の
露でせう

土蔵の壁に
相合《あひあひ》の
傘にかかれてありました。


[#1字下げ]悲しき恋[#「悲しき恋」は中見出し]

愛しますよと
かすかだが
胸の底から響くでせう

忘れませぬよと
かすかだが
ほろり涙が落ちました

君もわたしも
はかなさは
枯れて名もなき草でせう

死んで了へば
それなりに
消えて跡なき二人です。


[#1字下げ]儚き日[#「儚き日」は中見出し]

君のたよりの
来た日から
かなしい噂がたちました

水に流して呉れろとは
夢と思への
謎か知ら

走り書きだが
仮名文字で
「涙」と記してありました

水に流して呉れろとは
熱い涙の
事か知ら。


[#1字下げ]草萠[#「草萠」は中見出し]

赤い花なら
燃えると思へ

若い娘は
皆身が燃える

白い手拭
うしろに結び

赤い花だと
身ばかり燃やす。


[#1字下げ]下総のお吉[#「下総のお吉」は中見出し]

去年 別れた
下総《しもふさ》の
お吉《きち》は今も
居るだろか
浮草の花かと
聞けば
浮草の
花だと泣いた
下総の
お吉は今も
居るだろか
己《おれ》を待ち 待ち
下総に
嫁にゆかずに
居るだろか。


[#1字下げ]十文字[#「十文字」は中見出し]


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