つてしまつた。そこで小奴はまた支庁長の方へ行つて三味線をひきだした。私も大分酔つて来て一行と共に出来ないかくし芸なぞしてはしやいだ。
 やがて宴会が終つて芸者連は帰つてしまつた。私達も旅館へ引きあげようとして階段を下りて来ると、女中が一通の手紙を私に渡した。封筒には唯、野口様と書いただけで誰からの手紙ともわからなかつたが、開けてみると鉛筆の走り書きで、
『石川さんのお話もお伺ひしたうございますから、お帰りに私の家によつて下さい、人力車でいらつしやればすぐでございます。  小奴』
とあるのでその手紙が小奴からであることがわかつた。そこで私は帰りに小奴の家に寄つてみた。家は○万楼から四五丁位の処でその辺は花柳街で、小奴の家は格子戸のはまつた、下が三畳に六畳の二間、二階も一間位はあつたらしい、小じんまりした家であつたやうに記憶してゐる。
 小奴は私の行くのを待つてゐたらしく直《す》ぐに六畳の部屋に迎へて呉れた。壁には三味線が二梃ばかりかかつて本箱の上には稽古本が二冊位のつてゐた。左の方の柱に石川の書いた短冊が一枚かかつてゐた。短冊にかかれた歌の文句は忘れてしまつたが、歌の意味は、『小奴ほど人
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