会場は○万楼の階上の大広間で支庁長始め、十数名の官民有志が出席して、釧路一流の芸妓《げいしや》も十数名酒間を斡旋した。その時私がふと思ひだしたのは、嘗て石川から聞いてゐた芸者小奴のことであつた。私はこの席に小奴がゐるかどうかを女中に尋ねてみると、女中のいふには
『支庁長さんの前にゐるのが小奴さんです。』
見ると小奴は今支庁長の前で、徳利を上げて酌をしてゐるところである。齢《とし》は二十二、三位、丸顔で色の浅黒い、あまり背の高くない、どつちかといへば豊艶な男好きのする女であつた。その中に小奴は順々に酌をしながら私の前に来た。そこで私は
『小奴とは君かい。』
と聞いてみた。すると
『ええ、わたしですが何故ですか。』
と不思議さうに私の顔をみる、私は
『君は石川啄木君を知つてゐるだらう。』
といふと小奴は
『石川さん?』と小声に云つて、ぽつと頻を染めながら伏目勝ちになつて
『どうしてそんなことをおききなさるのですか。』
『いいや、君のことは石川君からよく聞いてゐたものだから……』
『あら、あなたは東京のお方でせう、それにどうして石川さんを知つてらつしやるのですか。』
『私は、今は東京にゐる
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