夢をよ――

うつらうつらと
繰り返してる
夢をよ――

夢だ 夢だと
わたしも――思た
思たよ――

うつらうつらと
つくづく――思た
思たよ――


[#1字下げ]十七花[#「十七花」は中見出し]

川の向ふの
十七花よ
辛いだらうが
赤く咲いてお呉れ

情なからうが
十七花よ
川の向ふで
赤く咲いてお呉れ

赤く 燃えるやうに
十七花よ
辛いだらうが
赤く咲いてお呉れ


[#1字下げ]見はてぬ夢[#「見はてぬ夢」は中見出し]

恋人と ゆうべ別れた
停車場を
今朝《けさ》は 一人で
あるいてる

乗り降りの 人の往き来を
眺めたり
そちら こちらと
あるいてる

なつかしき 見はてぬ夢に
そそられて
今朝は一人で
来たであろ


[#1字下げ]煙草の花[#「煙草の花」は中見出し]

お蔦嫁さま
煙草の花は
元《もと》の男の 畑に咲いた

お蔦嫁さま
もう 諦めた
何にも縁だと もう諦めた

切れた障子の
穴から見たら
後向きして糸繰りしてる


[#1字下げ]傘の下[#「傘の下」は中見出し]

どこで生れた
安来《やすき》の 町かよ
雨の降る日に
生れたのかよ

聞いてください
十七頃は
いつも涙で
しめつてゐるのし

それが聞きたい
傘《からかさ》の下《した》で
雨の降る日に
生れたのかよ


[#1字下げ]鴫[#「鴫」は中見出し]

田は枯れて 了つたし
どこも ここも
寒い風が吹いてゐる

日暮方になると 田甫の中で
すイ すイと
鴫が 啼いてゐた

おもよは 赤い花|簪《かんざし》をさして
家の前に
出て見てゐた

細い声で 鴫は
すイ すイと
啼いてゐる

おもよの 心も
初恋に
すイ すイとしてゐた

田は枯れて了つたし
どこも ここも
寒い風が吹いてゐる


[#1字下げ]たそがれ[#「たそがれ」は中見出し]

蘭菊の花はさびしい
川越の
 「小料理店」と書いてある

 「小料理店」と書いてある
蘭菊の
花はさびしい 一夜妻《いちよづま》

たそがれ頃に とぼされる
川越の
鼠鳴きしてゐた女
[#改段]

錆[#「錆」は大見出し]

[#1字下げ]錆[#「錆」は中見出し]

窓の格子に よりかかり
 「いつまた来るの」と
泣く女

錆《さび》た庖丁の かなしくも
 「はかない身だよ」と
さうか知ら

ただ明け易い 夏の夜の
街はあかるい
青すだれ

磨《と》いでも磨いでも 庖丁の
錆は磨いても
さうか知ら


[#1字下げ]帰らぬ人[#「帰らぬ人」は中見出し]

川の向ふで
水鶏が 啼いた

帰りやんせ
帰りやんせ

月も おぼろに
河原さ出てる

きつと忘れて
ゐるんだよ


[#1字下げ]片恋[#「片恋」は中見出し]

恋しくて
裏へ出て見りや
青い空

はかない
わたしの
片恋よ

はかない
わたしに
何故《なぜ》したの

荒海のやうな
こころに
何故したの


[#1字下げ]蚯蚓の唄[#「蚯蚓の唄」は中見出し]

「わたしも一緒に連れてつてお呉れ」とおみつは
一緒にゆく気になつてゐる

夜は
しんしんと更《ふ》けていつた

「わたしや もう 着物も帯もいらない」と男の胸に
顔をあててしくしく泣いてゐる

厩の背戸で かなしさうに
蚯蚓《みみづ》は唄を うたつてゐた


[#1字下げ]畑の土[#「畑の土」は中見出し]

おつた 聟さま
つまらなささうに
背戸の畑で 種蒔きしてる

可愛女があるではないし
おつた一人を
たよりにしてた

なんのつもりだ 畑の土は
今日も燥《はしや》いで
ぽさりとしてる


[#1字下げ]昼顔[#「昼顔」は中見出し]

他愛なく 花は咲き
他愛なく
花はしぼむ

かなしくはないの
娘等よ
渚の岸の 沙原に
昼顔の花は
しぼみゆく

なんと云ふさびしさだらう
娘等よ


[#1字下げ]指輪[#「指輪」は中見出し]

わたしかはいなら
指輪買つてお呉れ

指輪なしでは
手がさむしいわ

指輪買つてやろ
指輪買つて送ろ

帯も買つてやろ
足袋も買つて送ろ

わたしかはいなら
下駄も買つてお呉れ

下駄も買つてやろ
日和《ひより》下駄送ろ


[#1字下げ]憎い女[#「憎い女」は中見出し]

空吹く風だと
思はりよか

憎いことした
をんなごを

わすれようとて
わすられず

たたいてやりたい
このこころ


[#1字下げ]月影[#「月影」は中見出し]

薄桃色の
ハンカチを
ぢつと見つめて
泣いてゐる

窓の硝子に
さす月も
おぼろ月夜で
青いこと

薄桃色の
ハンカチに
なにか書かれて
あるか知ら


[#1字下げ]更けゆく夜[#「更けゆく夜」は中見出し]

絹のシヨールに
冬の夜の
ほのかに 青い
月がさす

ほのかに ほのかに
かなしくて
熱い 涙が
落ちて来る

わたしは この世の
すたれ者
君ゆゑ わたしは
すたれ者

ほのかに ほのかに
かなしくて
熱い 涙が
落ちて来る


[#1字下げ]昔の月[#「昔の月」は中見出し]

お前と逢うた
武蔵野に
青い 昔の 月が出た

お前も 見たろ
武蔵野の
畑の中に家が建つ

畑の 中の 夕雲雀
もう おれは
故郷《くに》へ 帰るぞよ


[#1字下げ]馬鈴薯[#「馬鈴薯」は中見出し]

白い花咲く
馬鈴薯《じやがたらいも》よ

月の出た夜は
畑の中で

月のない夜は
馬鈴薯よ

どうか誰にも
言はずにお呉れ


[#1字下げ]霜夜[#「霜夜」は中見出し]

ギターで 唄ひませうよ
わかれの歌を
共に 涙で
唄ひませうよ

寒い 霜夜の
霜枯れ空に
お星さまさへ
ふるへて見える

さあさ唄ひませうよ
涙で共に
君とわかれの
かなしい歌を。


[#1字下げ]新開田[#「新開田」は中見出し]

今朝も 鶉が
 新開田で
   啼いた

鶉恋しい
 畑の鶉

可愛男の
 新開田で
   啼いた。


[#1字下げ]梭の音[#「梭の音」は中見出し]

矢車草の 咲く村で
日の暮れ頃だと思やんせ

トントン カラリと
梭の音
トントン カラリと
梭の音

矢車草の 咲く村で
糸より細いと思やんせ

トントン トロリと
唄の朝
トントン トロリと
唄の朝。


[#1字下げ]裏戸の音[#「裏戸の音」は中見出し]

夜の夜中に
裏戸を叩く

ことんことんと
ときたま叩く

今夜来るとの
たよりはないが

可愛男じや
ないか知ら。


[#1字下げ]甚吾さん[#「甚吾さん」は中見出し]

枝垂れ 柳の
謎ばかりかける

わたしや 恥かし
甚吾さんの謎が

何んで 解かれませう
甚吾さんの謎を

あれさ 甚吾さんよ
かけずにお呉れ


[#1字下げ]夢[#「夢」は中見出し]

昨夜《ゆうべ》 夢見た
喜蔵さんの夢を

ゆかし なつかし
一晩中見てた

去年 喜蔵さんに
手の甲 引つかかれた

うつら うつらと
その夢を見てた


[#1字下げ]胸の糸[#「胸の糸」は中見出し]

妻となり 妻と云はれて
年月を
すごして来たに
なぜか知ら

今日も 解けない
胸の糸
誰かに引かれて
ゐるのだろ

机の下に 紫の
インキで書いた
用箋が
二つに裂かれて落ちてゐた

誰に たよりを
出しただろ
誰に たよりを
出しただろ


[#1字下げ]沙の数[#「沙の数」は中見出し]

汐がれ浜で聞く唄は
みんな悲しい
唄ばかり

沙の数ほどかぞへても
別れた人は
帰らない

涙ぐましくなつて来て
泣かずに 泣かずに
ゐられよか


[#1字下げ]夜さり唄[#「夜さり唄」は中見出し]

駄目ぢや 駄目ぢやと
話も聞かず
話どころか 姉上さまよ

歳も 歳だし
何うした ものぢや

男振りでも
よければ よかろ


[#1字下げ]君が名[#「君が名」は中見出し]

『別れ』と云ふ字がかなしくて
火鉢の中に 書いて消し
消しては書いて
泣きました

『消して書いても
過ぎし日の
今ははかない
空だのみ』

『口に甘いは
いつはりの
人の言葉と
露しらず』

『処女のほこりも たはむれの
幻《まぼろし》よりも
淡かりし』

かなしきままに 君が名を
火鉢の中にいくたびも
書いて 眺めて
泣きました


[#1字下げ]菖蒲の花[#「菖蒲の花」は中見出し]

菖蒲《あやめ》の花に
初夏の
君の姿が偲ばれる

君の姿は
初夏の
咲いた菖蒲の花でした

厩《うまや》の背戸に
しよんぼりと
咲いた菖蒲の花でした

菖蒲の花に
初夏の
君の姿が偲ばれる


[#1字下げ]可愛い君さま[#「可愛い君さま」は中見出し]

可愛《かあ》い君さま茨城の
山にさびしい
日が落ちる

西の山でも火が燃える
東の山でも
火が燃える

可愛い君さま十六の
胸の焔の
火が燃える


[#1字下げ]垣根の外[#「垣根の外」は中見出し]

秋晴れの
垣根に咲いた
コスモスよ

人なつかしい 桃色の
淡いこころの
コスモスよ

若い女が しよんぼりと
垣根の外で
唄つてる

恋は悲し
コスモスの花よと
唄つてる


[#1字下げ]旅で暮らせば[#「旅で暮らせば」は中見出し]

旅で暮らせば
茅野の
雨も
さらり さらりと
身にしみる


[#1字下げ]博多人形[#「博多人形」は中見出し]

博多人形は
なみだの
人形
手と手 握つて
泣いてゐる


[#1字下げ]阿蘇[#「阿蘇」は中見出し]

阿蘇は
火を吐く 恋路の
ほのほ
くめよ 熊本の
かはい人



底本:「定本 野口雨情 第一巻」未来社
   1985(昭和60)年11月20日第1版第1刷発行
底本の親本:「沙上の夢 現代詩人叢書 第一二編」新潮社
   1923(大正12)年4月15日刊
初出:河原の雨「国粋」
   1921(大正10)年10月
   梅の実「婦人界」
   1922(大正11)年7月
   春の鳥「少女倶楽部」
   1923(大正12)年1月
   鶫「小説倶楽部」
   1921(大正10)年6月
   憂心「週刊日本」
   1922(大正11)年10月
   狐(原題 きつね)「青年」
   1923(大正12)年1月
   枯れ田「青年」
   1923(大正12)年1月
   おけらの唄(原題 お螻の唄)「現代」
   1921(大正10)年6月
   星の数「かなりや」
   1922(大正11)年6月
   十五の春「趣味と生活」
   1923(大正12)年1月
   蘆枯れ唄「大阪朝日新聞」
   1921(大正10)年7月3日
   榧の木「日本詩集 一九二二版」
   1922(大正11)年3月発行
   港の時雨「良婦之友」
   1922(大正11)年12月
   後姿「小説倶楽部」
   1921(大正10)年10月
   西瓜畑「小説倶楽部」
   1921(大正10)年8月
   五月雨「婦人界」
   1922(大正11)年5月
   夕の月「新興文壇」
   1921(大正10)年4月
   葛飾の夏(原題 己の家 十、夏)「都会と田園」銀座書房
   1919(大正8)年6月刊
   恋のかけ橋「小説倶楽部」
   1922(大正11)年8月
   葱「東京朝日新聞」
   1923(大正12)年1月29日
   唄「東京朝日新聞」
   1923(大正12)年1月15日
   矢車草「かなりや」
   1921(大正10)年10月
   岡の上(原題 村の平和)「枯草」高木知新堂
   1905(明治38)年3月発行
   有明お月さん「かなりや」
   1922(大正11)年3月
   うづまき「かなりや」
   1922(大正11)年8月
   熱い涙(原題 熱い涙の歌)「主婦の友」
   1922(大正11)年11月
   両国のあたり「かなりや」
   1921(大正10)年12月
   角豆畑「太陽」
   1907(明治40)年5月
   櫛「東京朝日新聞」
   1923(大正12)年1月1日
   砂の上「東京朝日新聞」
   1923(大
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