たり
翼あらむか空ゆくに
瞳あらむか物見むに
いづれ羽根なき翼なき
なれは盲目《めしひ》の土の精
夕《ゆふべ》さびしき草の戸の
雲にこぼるる星影を
市《いち》に行くべき虫ならば
さこそ思《おもひ》も清からじ
嗚呼《ああ》[#「嗚呼《ああ》」は底本では「鳴呼《ああ》」]有情《うぜう》の萬象《もの》の子よ
慰藉《なぐさ》に唄ふひとふしも
げに東雲《しののめ》の近づけば
塵と埃《あくた》に甘眠《うまい》せむ
朝は静けき太陽《あまつひ》の
繊雲《ほそくも》とほく照しつつ
白露しげき草の葉に
あはれなが世の幸《さち》ありや
なれの姿は醜くも
ものの悲しき音《ね》にふれて
細く妙なる美《よ》きこゑを
聞けば胸こそすみ渡れ
人の生活《いのち》の戦《たたかひ》も
あはれ声なき夜の陣
いのりに眠るなが唄の
曲《ふし》に律ある闇の韻
[#1字下げ]それは去年の昨日まで[#「それは去年の昨日まで」は中見出し]
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三十七年暮の二十七日、吾不運を嘆きつつ日没の海辺をさまよひて、同じおもひにありと聞く古河の思水子に寄す
[#ここで字詰め終わり]
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風は颪《おろし》で
寒からむ
幾夜の夢や
時雨《しぐ》るらむ
それは去年の昨日《きのふ》まで
俗に落ちなば死すべしと
鎗《やり》は錆ても武士《さむらひ》の
鷹になるべう志
彼《か》の青空を眺めては
空かけ渡る羽なくも
必ず鷹になる身ぞと
楽《たのし》みたりし甲斐なさよ
詩人は銭《ぜに》を惜むなと
それやこれやに呵《しか》られぬ
されどうがらが生活《なりはひ》を
思はぬ訳にはなり申さず
お銭《あし》と申すしれものに
百のしもどを打《たた》かれて
ああ徒《いたづら》に手をもがき
足をもがいて詩《うた》ならず
弦《つる》にはなれし弓の矢の
月日立つのは早けれど
終《をはり》はすべて
涙なり
底本:「定本 野口雨情 第一巻」未来社
1985(昭和60)年11月20日第1版第1刷発行
底本の親本:「枯草」高木知新堂
1905(明治38)年3月14日刊
初出:村の平和「労働世界」
1902(明治35)年7月3日
鬼のお主「常総新聞」
1905(明治38)年1月1日
花壇の春「暗潮」
1903(明治36)年9月
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:川山隆
校正:noriko saito
2010年4月19日作成
青空文庫作成ファイル:
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