い》でて踏み玉へ
踏めば緑の若草に
ああ春の香《か》は深からむ


[#1字下げ]悲劇[#「悲劇」は中見出し]

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安鎮清姫日高川の絵を見てそぞろに恋の悲劇を思ふ
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夕《ゆふべ》は萌ゆる恋草の
あしたは消ゆる花の露
夜《よ》は美しき墨染の
絹紅《もみ》の裳裾《もすそ》の身ぞつらき

君よゆかしき紫の
ゆかりに結べ袖と袖
蝶よ花よと父母《ちちはは》の
膝にすがるは恥かしき

恋の悲劇は玉の緒の
総ての罪の終りなり
罪の終りはうたかたの
日高の川の涙なり

逢《あい》はせぬかよ
この川すそで
一夜《ひとよ》どまりは桜の花よ
花のやうなる旅の僧


[#1字下げ]夜より朝への海[#「夜より朝への海」は中見出し]

泡立つ海の輝くは
ああ太陽《あまつひ》の照すなり
宝の沈む夜の海は
人に想《おもひ》をいたましむ

ぬぐふが如き白銀《しろがね》の
月の光は玉を綴り
繊雲《ほそくも》遠くあかねさして
平和に満つる海の朝空

瑠璃なす蜜《みつ》の香《か》に酔うごと
琥珀の盃《はい》を嘴《くち》にふくみて
はしらの宮のみ使《つかひ》の
鴎は雲にまぎれ飛ぶ


[#1字下げ]それはお無理と申すもの[#「それはお無理と申すもの」は中見出し]

閨《ねや》の襖に紫の
ゆかりの幕を垂れこめて
如何にお嘆き遊ばすも
それはお無理と申すもの

夜はまばゆき
金屏《きんべい》に
姫はよき衣《きぬ》
かつげども

谷の峡《はざま》の
うむれ木の
世にふるものよ
いたはしき

眉の薄きは濃くならず
鼻の低きは生れつき
如何にお嘆き遊ばすも
医者に薬はあらざらむ

お色黒くば鴨川の
水にしばらく召し給へ
唇《くち》には京の下《しも》町の
臙脂《えんじ》ほどよくさし給へ

あはれゆかしきみ住ひの
玉のうてなの閨の戸に
如何にお嘆き遊ばすも
それはお無理と申すもの


[#1字下げ]あはて告げぬ[#「あはて告げぬ」は中見出し]

雛祭りする九歳《ここのつ》の
お竹は又も思ひけり
桃の花 桃の花
雛さまと何語る

去年《こぞ》も今年も
一昨年《をととし》も
物めしまさぬ
優しさよ

日は永くして雛様の
欠伸《あくび》に暮るる三ヶ日
夜《よ》は短くて桃の花
ねむた顔なる春の宵

一夜《あるよ》雛壇《ひなだな》灯は消えて
幼きものよと子鼠の
幾ともがらは忍び来ぬ
されども家人《ひと》は知らでありき

雛《ひえ》さまの雛さまの
鼻かぢられて哀れなり
緋桃の花は散りけりと
次の朝《ひ》下婢《はしため》あはて告げぬ


[#1字下げ]めくら魚[#「めくら魚」は中見出し]

日の暮方に
空見れば
いつも敢果《はか》ない
事ばかり

すすき尾花は
穂に咲けど
秋の花ゆゑ
淋しかろ

恋はすれども
恋わすれても
めくら魚で
阿漕《あこぎ》が浦よ


[#1字下げ]乙女のひとり[#「乙女のひとり」は中見出し]

朝見れば東の海に
紋波《あやなみ》の低きはあれど
浮雲の白きも見えず

海|鴎《どり》は沖に飛べども
わたつみの彼方《かなた》の岸に
羊《しつち》飼ふ童もありや

あかつきの東の浜に
朝空のみ神とばかり
さまよへる乙女のひとり

うら若き身にありながら
黒髪は裳裾《もすそ》にかかれ
徒《いたづら》に嘆くは止《や》めよ

今朝《けさ》見れば東の海の
天地《あめつち》に雲はなけれど
又しても乙女はひとり
さまよへるかな


[#1字下げ]十二橋[#「十二橋」は中見出し]

ほんに潮来《いたこ》へ
おじやるなら
佐原|来栖《いけす》に
お茶屋がござろ

姉さ召しませ
のう姉さ
花の乙女《かむろ》が後朝《きぬぎぬ》の
涙の雨が降るぞえの

一夜《いちよ》かりねの
手枕に
かりの妻ぢやと唄はれて
明日は何方《いづく》の何処ぢややら

皐月《さつき》照れ照れ
菖蒲《あやめ》も植ゑよ
お女郎《じよろ》見やんせ十六島は
雨の降るのに花が咲く


[#1字下げ]闇の韻[#「闇の韻」は中見出し]

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月なき秋の夜なぞ茄子枯れたる畑中に鳴く虫あり世人俗に蚯蚓の鳴くなりと言ふ
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あはれ蚯蚓《みみづ》とあざけれど
背戸に人待つ少女子《をとめご》が
首うなだれて闇の夜に
聞くよ淋しき汝《なれ》が唄

見よ閨《ねや》の戸の夕間ぐれ
あふぐになれし星の海
されど心の香《か》に酔うて
よしなきことを思ふかな

闇の潮《うしほ》に沈みたる
静夜《しづよ》の夢はさまさずも
夜鳴く虫のかなしさに
忘れがたきがあればなり

春の名残の
  時の上に
紅き花こそ
  惜みたれ
夏の流れの
  行く水に
真白き花も
  咲きに
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