と降りしきる

鴨川の 河原に啼いた
河千鳥
君と別れた路次口に
雨はしきりと降りしきる


[#1字下げ]お糸[#「お糸」は大見出し]

雑木林の
啄木鳥《たくぼくてう》は
杉の枯れ木を
啄《つつ》いて啼いた

杉の枯れ木を
啄木鳥は
無性《むしやう》 やたらに
啄いて啼いた

掛けた襷の
解けたも知らず
涙うかべて
お糸は見てた


[#1字下げ]霜枯れ[#「霜枯れ」は大見出し]

裏の田甫《たんぼ》で
鴫《しぎ》がゆふべ啼いた

ささげ畑の 暴風《あらし》の晩も
君は忍んで 逢ひに来て
呉れた

裏の田甫で
鴫がゆふべ啼いた

鴫も田甫も霜枯れだけど
君は今夜《こよひ》も 逢ひに来て
呉れよう


[#1字下げ]螢草[#「螢草」は大見出し]

垣根の外に
来ては泣く
故郷《ふるさと》の
恋しい唄に聞きほれて
垣根の外に
来ては泣く

下野《しもつけ》の 機場《はたば》に
しぼむ螢草《ほたるぐさ》
垣根の外に
故郷の
恋しい唄を
聞いて泣く


[#1字下げ]小室の小笹[#「小室の小笹」は大見出し]

裏戸覗いて 裏から
帰る
紺の前掛 麻裏《あさうら》草履

あなた一人に
情《じやう》立てましよと
泣いて別れた 小室《こむろ》の
小笹《こざさ》

裏戸覗いて 裏から
帰る
紺の前掛 麻裏草履


[#1字下げ]芒の葉[#「芒の葉」は大見出し]

「死なば共だ」と
新吉《しんきち》さんは
裏の お玉坊と
畑で泣いた

ウンニヤ 新吉さんは
小指の先を
細い芒《すすき》の
葉で切りました

裏の お玉坊も
泣き泣き指を
共に芒の
葉で切りました


[#1字下げ]恋の日[#「恋の日」は大見出し]

春の名残《なごり》の
暮るる日に
紅き花さへ
惜《をし》みたり

夕べ 畑で
恋人を
待ちしも
今は昔なり

夏のをはりに
露草《つゆぐさ》の
白き花さへ
惜みたり

河原の岸で
恋人と
泣きしも
今は昔なり


[#1字下げ]西瓜畑[#「西瓜畑」は大見出し]

西瓜畑《すゐくわばたけ》さ
お月さま出てる

そろりそろりと
お月さま出てる

土をたたいたら
どしんこ響いた

姉も妹《いもと》も
おさらば さらば


[#1字下げ]旅で暮らせば[#「旅で暮らせば」は大見出し]

旅で暮らせば
茅野《かやの》の
雨も
さらり さらりと
身にしみる

さらり さらりと
茅野の
雨は
さらり さらりと
身にしみる


[#1字下げ]沙の数[#「沙の数」は大見出し]

潮がれ浜で聞く唄は
みんな悲しい
唄ばかり

沙の数ほどかぞへても
別れた人は
帰らない

涙ぐましくなつて来て
泣かずに 泣かずに
ゐられよか


[#1字下げ]昔の月[#「昔の月」は大見出し]

お前と逢うた
武蔵野に
青い 昔の 月が出た

お前も 見たろ
武蔵野の
畑の中に家が建つ

畑の 中の 夕雲雀《ゆふひばり》
もう おれは
故郷《くに》へ帰るぞよ


[#1字下げ]帰らぬ人[#「帰らぬ人」は大見出し]

川の向うで
水鶏《くひな》が 啼いた

  帰りやんせ
  帰りやんせ

月も おぼろに
河原さ出てる

  帰りやんせ
  帰りやんせ

きつと忘れて
ゐるんだよ


[#1字下げ]片恋[#「片恋」は大見出し]

恋しくて
裏へ出て見りや
青い空

はかない
わたしの
片恋《かたこひ》よ

はかない
わたしに
何故《なぜ》したの

荒海《あらうみ》のやうな
こころに
何故したの


[#1字下げ]煙草の花[#「煙草の花」は大見出し]

お蔦《つた》嫁さま
煙草《たばこ》の花は
元の男の 畑に咲いた

お蔦嫁さま
もう 諦めた
何にも縁だと もう諦めた

切れた障子の
穴から見たら
後向きして糸繰りしてる


[#1字下げ]石地蔵[#「石地蔵」は大見出し]

学校先生よ
  石地蔵さまも
赤い涎掛《よだれかけ》
  かけてゐる

烏ア欲しくて
  涎掛見てる
学校先生よ
  何《な》じよにしぺ


[#1字下げ]櫛[#「櫛」は大見出し]

裏の川端の
さらさら蓬《よもぎ》

思ひ返して
みる気はないか

今朝《けさ》も 裏戸に
櫛が落ちてゐた

通つて来たのか
可哀想なものだ


[#1字下げ]葛飾の夏[#「葛飾の夏」は大見出し]

卯の花が散る
時鳥《ほととぎす》が啼く
沼の中に
菖蒲《あやめ》の花も咲いてゐる

沼の中の
菖蒲の花よ
葛飾に
今|二月《ふたつき》もゐたかつた

家も屋敷もない 己《おれ》は
去年の夏は東京に
今年の今は葛飾に
わかれねばならぬ時が来た

この住み馴れた
葛飾の
菖蒲の花よ
また逢はう


[#1字下げ]港の時雨[#「港の時雨」は大見出し]

蛇の目|傘《からかさ》に
時雨《しぐれ》が降るに

月日かぞへて
港を見てる

待つはつらかろ
待たるる身より

伏木港《ふしきみなと》の
船頭さん達《だち》よ


[#1字下げ]蘆枯れ唄[#「蘆枯れ唄」は大見出し]

蘆が枯れたら
どこで逢ひませう

前の河原は
石まで枯れるし

蘆が枯れたら
どこで逢ひませう

裏の畑は
土まで枯れるし

蘆が枯れたら
どこで逢ひませう

蘆の枯れ葉の
蔭で逢ひませう


[#1字下げ]おけらの唄[#「おけらの唄」は大見出し]

おけらの唄の
さびしさに
窓にもたれて
すすり泣く

まぼろし草《さう》も
コスモスも
花は昔の
ままで咲く

おけらの唄の
さびしさに
畳の上に
伏して泣く


[#1字下げ]鶫[#「鶫」は大見出し]

今日も鶫《つぐみ》が
丘に来て啼いた
おれも泣きたい 鶫の鳥よ

空は乳色に
また日が暮れる

死んで別れた
人ではないし
忘れようとて 忘らりよか


[#1字下げ]錆[#「錆」は大見出し]

窓の格子によりかかり
「いつまた来るの」と
泣く女

錆た庖丁の かなしくも
「はかない身だよ」と
さうか知ら

ただ明易い 夏の夜の
街はあかるい
青すだれ

磨《と》いでも磨いでも 庖丁の
錆は磨いでも
さうか知ら


[#1字下げ]夕の月[#「夕の月」は大見出し]

お仲姉《なかあね》さま
畑の中で
しやなりしやなりと
麦踏みしてる

雁《かり》は帰るし
夕《ゆふべ》の月は
※[#「木+國」、第3水準1−86−6]林《くぬぎばやし》の上から
出てる

つまらないよと
涙で言《ゆ》ふた
お仲姉さま
丸顔だつけ


[#1字下げ]スイッチヨ[#「スイッチヨ」は大見出し]

スイッチヨスイッチヨと
大阪の
街のはずれで鳴くスイッチヨ

姉は筑紫の
長崎へ
妹《いもと》も筑紫の
長崎へ

スイッチヨスイッチヨと
蔦の葉の
上にとまつて鳴くスイッチヨ


[#1字下げ]おけら[#「おけら」は大見出し]

左官が 左官が
蔵建てた

おけらが三匹
出て鳴いた

大工が 大工が
家建てた

お月さん ぽかんと
眺めてる


[#1字下げ]女工唄[#「女工唄」は大見出し]

雨の降る日は
雨だれ
小だれ
何《な》にも恋しくないが
公休日が恋し

空の弁当箱
雨だれ
小だれ
腹の減るたび
故郷《くに》の親思ふ

いやな監督さんだ
雨だれ
小だれ
何にも恋しくないが
公休日が恋し

かかれかかれと
モータが廻る
なにもかかりませうか
雨だれ
小だれ


[#1字下げ]釜山にて[#「釜山にて」は大見出し]

牧《まき》の島から
  対馬《つしま》が見ゆる

最早対馬も
  春だろに

海にや海霧
  朝から立ちやる

対馬見るなの
  霧ぢややら


[#1字下げ]鼬[#「鼬」は大見出し]

鼬《いたち》ア騒ぐから
背戸へ出て見たりや

烏ア河原で
水浴びしてた

山の頂上にや
薄雲かかる

今夜 山から
雨ア降るか


[#1字下げ]娘と劉さん[#「娘と劉さん」は大見出し]

[#2字下げ][#中見出し]※[#ローマ数字1、1−13−21][#中見出し終わり]

     娘
劉《リウ》さん
赤ん坊《ぼ》が生れたならばどうしませう
何処《どこ》へたのんで育てませう
     劉
ワタシ ワカラナイ アナタ スル ヨロシー
     娘
横浜の叔母さん所《とこ》へ遣りませう
新しい一身《ひとつみ》の一《ひとつ》も着せて遣りませう

[#2字下げ][#中見出し]※[#ローマ数字2、1−13−22][#中見出し終わり]

     娘
叔母さんに断られたらどうしませう
     劉
ワタシ クニ トホイ ワカリマセン
     娘
悲しいけれど捨てませう
顔の見えない闇の晩
ミルクの管を哺《くく》ませて――公園のベンチの上に捨てませう

[#2字下げ][#中見出し]※[#ローマ数字3、1−13−23][#中見出し終わり]

     娘
お月夜の晩であつたらどうしませう
お月夜が続いて居たらどうしませう
育てませうか捨てましよか
     劉
ワタシ ニホン タツ アナタ タノム
     娘
薄情な 薄情な 劉さん
思ひ切つて――悲しいけれど捨てませう
ベンチの上に青青と月がさしたら泣くでせう
わたしの顔をきつと眺めて泣くでせう
劉さん
劉さん
その時のわたしの心はどんなでせう



底本:「定本 野口雨情 第一巻」未来社
   1985(昭和60)年11月20日第1版第1刷発行
底本の親本:「雨情民謡百篇」新潮社
   1924(大正13)年7月14日刊
初出:紅殻とんぼ「婦人世界」
   1924(大正13)年7月
   捨てた葱(原題 葱)「日本詩集 一二二五版」
   1925(大正14)年4月
   青いすすき(原題 細いすすき)「婦人世界」
   1924(大正13)年5月
   波浮の港(原題 ハブの港)「婦人世界」
   1924(大正13)年6月
   海の遠く「少女倶楽部」
   1924(大正13)年6月
   謎(「甚吾さん」の全面的改作)「沙上の夢」新潮社
   1923(大正12)年4月刊
   草刈り娘(原題 草刈り唄)「婦人倶楽部」
   1924(大正13)年5月
   金雀枝(原題 金雀枝の花咲く頃)「郷土」
   1923(大正12)年5月
   風の音「婦人倶楽部」
   1924(大正13)年3月
   畑ン中「都会と田園」銀座書房
   1919(大正8)年6月刊
   蚊喰取り「令女界」
   1923(大正12)年5月
   また来よつばめ「極楽とんぼ」黒潮社
   1924(大正13)年1月刊
   千代の松原「極楽とんぼ」黒潮社
   1924(大正13)年1月刊
   米山小唄「極楽とんぼ」黒潮社
   1924(大正13)年1月刊
   旅の身ぢやとて「極楽とんぼ」黒潮社
   1924(大正13)年1月刊
   小諸小唄(第二聯を全面的に改作)「極楽とんぼ」黒潮社
   1924(大正13)年1月刊
   出船「極楽とんぼ」黒潮社
   1924(大正13)年1月刊
   浪枕「極楽とんぼ」黒潮社
   1924(大正13)年1月刊
   川しぶき「沙上の夢」新潮社
   1923(大正12)年4月刊
   いとどの虫「極楽とんぼ」黒潮社
   1924(大正13)年1月刊
   千羽烏「極楽とんぼ」黒潮社
   1924(大正13)年1月刊
   薔薇の花さへ「極楽とんぼ」黒潮社
   1924(大正13)年1月刊
   わたしや黒猫「極楽とんぼ」黒潮社
   1924(大正13)年1月刊
   同じ国なら「極楽とんぼ」黒潮社
   1924(大正13)年1月刊
   暴風の夜「極楽とんぼ」黒潮社
   1924(大正13)年1月刊
   但馬山国「極楽とんぼ」黒潮社
   1924(大正13)年1月刊
   春降る雪「極楽とんぼ」黒潮社
   1924(大正13)年1月刊
   伊那の龍丘「極楽とんぼ」黒潮社
   1924(大正13)年1月刊
   霧ヶ岳から「極楽とんぼ」黒潮社
   1924(大正13)年1月刊
   かなしい海「極楽とんぼ」黒潮社
   1924
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