雨情民謡百篇
野口雨情

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)釣瓶《つるべ》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)二十三|夜《や》

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   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「木+國」、第3水準1−86−6]
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 民謡は民族が有する唯一の郷土詩である。郷土詩を無視して民謡の存在はない。民謡は草土の詩人によつてうたはれる、純情芸術である。
 本書は「かれくさ」(明治三十八年発行)以後の小著中より採録した作品と未発表の作品とを加へて百篇としたが必ずしも自選集の意味ではない、自分が二十数年間辿つて来た道程の記録である。
 又、一二節外律によらざる作品も加へたのは思ふところがあつたからである。
  大正十三年六月
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[#地から1字上げ]著者


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[#1字下げ]紅殻とんぼ[#「紅殻とんぼ」は大見出し]

とんぼ来るかなと
   裏へ出て見たりや

とんぼ飛んで来て
   釣瓶《つるべ》にとまる

とんぼ可愛《かはい》や
   紅殻《べにがら》とんぼ

赤い帯なぞちよんと
   締めて来る


[#1字下げ]橋の上[#「橋の上」は大見出し]

橋の上から
小石を投げた

小石ヤ浮くかと
川下見たりや

小石ヤ沈んで
流れてぐ


[#1字下げ]捨てた葱[#「捨てた葱」は大見出し]

葱《ねぎ》を捨てたりや
しをれて枯れた

捨てりや葱でも
しをれて枯れる

お天道《てんたう》さま見て
俺《おら》泣いた


[#1字下げ]二十三夜[#「二十三夜」は大見出し]

二十三|夜《や》さま
まだのぼらない

麦鍋ア囲爐裡《ゐろり》で
泡《あぶく》立つてる

とろとろ とろりちけえ
眠くなつて来た


[#1字下げ]門司にて[#「門司にて」は大見出し]

門司へ渡れば
九州の土よ

土の色さへ
おぼろ月夜してる

土もあかるい
あかるい土よ

人もあかるい
あかるい顔よ

遠い常陸《ひたち》は
わたしの故郷

なぜに暗いだろ
故郷の土よ

暗い土でも
常陸は恋し


[#1字下げ]竹藪[#「竹藪」は大見出し]

背戸の竹藪で
  竹|伐《き》つてゐたりや

雀ヤ飛んで来て
  啼いてからまつた


[#1字下げ]よいとまけの唄(掛合唄)[#「よいとまけの唄(掛合唄)」は大見出し]

音頭とり「よいとまきすりや
     綱引き「この日の永さ

音頭とり「たのみましたぞ
     綱引き「音頭《おんどう》とりさんよ

音頭とり「唄が切れたら
     綱引き「唄|続《つ》ぎやしやんせ

音頭とり「寝てて暮らそと
     綱引き「思ふちやゐぬが

音頭とり「杭の長さよ
     綱引き「お天道《てんたう》さまよ

音頭とり「唄で引かなきや
     綱引き「どんと手に来ない


[#1字下げ]夜あけ星[#「夜あけ星」は大見出し]

夜明お星さま
一つかや

宵に出た星ヤ
どこへいつた

天さのぼつたか
潜《むぐ》つたか


[#1字下げ]眼子菜[#「眼子菜」は大見出し]

蛙《かはづ》鳴くから
  沼へいつて見たりや

沼にや眼子菜《ひるも》の
     花盛り

沼にや眼子菜の
     花盛り

蛙ア眼子菜の
   蔭で鳴く


[#1字下げ]朝霧[#「朝霧」は大見出し]

夜あけ千鳥ぢや
あの啼くこゑは

帰りなされよ
お帰りなされ

川の浅瀬にや
朝霧立ちやる

霧は浅瀬の
瀬に立ちやる


[#1字下げ]青いすすき[#「青いすすき」は大見出し]

青いすすきに
螢の虫は
夜の細道 夜の細道 通《かよ》て来る

 細いすすきの
   姿が可愛ネ
 細い姿に
   こがれた螢ネ

夏の短い
夜は明けやすい
夜明頃まで 夜明頃まで 通て来る


[#1字下げ]粉屋念仏[#「粉屋念仏」は大見出し]

「粉屋《こなや》念仏」踊る子は
帰る

若い娘は
まだ帰らない
 スタコラサ
  スタコラサ

月も夜明にや
山端《やまは》へ帰る

寝ぼけ月なら
帰らない
 スタコラサ
  スタコラサ


[#1字下げ]波浮の港[#「波浮の港」は大見出し]

磯の鵜《う》の鳥ヤ
  日暮れに帰る

波浮《はぶ》の港にや
  夕焼け小焼け

明日《あす》の日和《ひより》は
  ヤレ ホンニサ 凪《なぎ》るやら

船もせかれりや
  出船の仕度

島の娘達ヤ
  御陣家《ごぢんか》暮し

なじよな心で
  ヤレ ホンニサ ゐるのやら


[#1字下げ]海の遠く[#「海の遠く」は大見出し]

海の遠くの離れた島で
かはい小鳥がうたふ歌聞ゆ

海の遠くを毎日見ても
島も見えない小鳥もゐない

島は見えずも小鳥はゐずも
かはい小鳥がうたふ歌聞ゆ

誰も知らない遠くの島で
かはい小鳥がかはい歌うたふ


[#1字下げ]洪水の跡[#「洪水の跡」は大見出し]

洪水の跡に
コスモス咲き

赤い蜻蛉《とんぼ》が
とまつてゐる

赤い蜻蛉よ
旅人は
どこまで行つた


[#1字下げ]謎[#「謎」は大見出し]

わたしや恥かし
喜蔵《きざう》さんの謎が

枝垂柳の謎ばかり
かける

解けと言《ゆ》ふたとて
解かりよか 謎よ

これさ 喜蔵さん
かけずにおくれ


[#1字下げ]はぐれ烏[#「はぐれ烏」は大見出し]

烏 啼くから
出てみりやゐない
   お母《つか》さんよ

わたしや烏に
だまされた
   だまされた

はぐれ烏だ
だました 烏
   お母さんよ

烏ア啼いても
もう出ない
   もう出ない


[#1字下げ]窓[#「窓」は大見出し]

夜になるとお月さんは
窓に来た

そーツと窓から
覗いてる

お月さんは しばらく
来なくなつた

闇夜の夜ばかり
続いてる

今朝《けさ》見りやお月さんは
ぽツと出てた

有明お月さんに
なつてゐる


[#1字下げ]日永[#「日永」は大見出し]

土に物問うた
畑の土に

土が物|言《ゆ》うた
畑の土が

日南《ひなた》ぼつこして
ゐたよと言ふた


[#1字下げ]お茶師[#「お茶師」は大見出し]

木瓜《ぼけ》の花咲く
日和《ひより》は続く

お茶師《ちやし》ヤ来るのも
もう間はなかろ

裏の畑の
茶の樹を見たりや

雀アならんで
とまつてる


[#1字下げ]大洗沖[#「大洗沖」は大見出し]

鹿島灘越しや
船玉さまよ

アレサ マア
大洗《おほあらひ》沖の
アレサ マア

隠れ御礁《おんね》の
磯が鳴る


[#1字下げ]草刈り娘[#「草刈り娘」は大見出し]

わたしや田舎《ゐなか》の
草刈り娘

草は千駄《せんだん》
刈らなきやならぬ

  ザツクリ ザツクリ
  ザツクリサ

草の千駄
夜明の星《のんの》

わたしや思はぬ
日とてない

  ザツクリ ザツクリ
  ザツクリサ


[#1字下げ]金雀枝[#「金雀枝」は大見出し]

金雀枝《えにしだ》の花咲く頃は
ほととぎすが啼く
ほととぎすが啼く

故郷《ふるさと》の森の中にも
もう 金雀枝の
花咲く頃か

ほととぎすが啼く
ほととぎすが啼く


[#1字下げ]風の音[#「風の音」は大見出し]

[#2字下げ]一[#「一」は中見出し]

裏戸覗きやる
口笛ヤ吹きやる

 わたしや気が気ぢや
 ゐられない

逢へる身ならば
逢ひにも出よが

 元のわたしの
 身ではない

[#2字下げ]二[#「二」は中見出し]

戸縁《とぶち》叩きやる
小声ぢや呼びやる

 とても気が気ぢや
 ゐられない

空の星でも
縁なきや流る

 薄い縁だと
 おぼしやんせ

[#2字下げ]三[#「三」は中見出し]

石は投げしやる
雨戸にやあたる

 もうも気が気ぢや
 ゐられない

この家《や》去れとて
石投げしやるか

 石に言はせに
 来やしやるか

[#2字下げ]四[#「四」は中見出し]

去つちやくれろと
石投ぎやしない

 風の音だと
 思やしやれ

風の音だと
よく言《ゆ》ふてくれた

 窓にもたれて
 泣いたぞえ


[#1字下げ]畑ン中[#「畑ン中」は大見出し]
   (ある農夫の歌の VARIATION)

真昼間《まつぴるま》でごわせう
畑ン中に、田鼠《むぐらもち》が一匹
斑犬《ぶち》に掘りぞへられて
イヤハヤ
むんぐらむんぐら居やあした
畑の土は、開闢このかた、黒いもんか
どなもんか
真《まこと》の所、烏に聞いて見やあすべい

畑ン中は、青空天上、不思議はごわすめえ
喉笛鳴らした ケー ケー ケー
鶏《かしは》が走つた
こりやまた事だと魂消《たまげ》払つて見てやあした。
蜻蛉《あけづ》が一匹
追つかけ廻つた、啄《つつ》くわ 啄くわ
ぶつ飛びあがつた、飛んだわ 飛んだわ
蜻蛉は御運《ごうん》でござりあした

地主様の一人娘が
娘に二種《ふたいろ》何処にごわせう
どどの詰りが
エヘン
孕み女子《をなご》になりやあした
畑ン中の豆ン花|何《ど》なもんだ
朝つぱらから何事ぶたずに
べろりと咲いてござりやあす


[#1字下げ]道楽薬師[#「道楽薬師」は大見出し]

願ひかけました
米山《よねやま》さまへ

縁をつないで
お呉れよとかけた

末はどうでも
お薬師さまよ

せつぱ詰つた
つないでお呉れ

帯で結んでも
切れる縁は切れる

どうせ米山も
お道楽薬師

切れるまでにも
つないでお呉れ


[#1字下げ]蚊喰鳥[#「蚊喰鳥」は大見出し]

春も末かよ
葉桜の
蔭に来てゐる
蚊喰鳥《かくひどり》

友なつかしい
今日の日も
桜の蔭に
暮れて行く

桜の蔭の
たそがれが
なぜなつかしい
蚊喰鳥


[#1字下げ]また来よつばめ[#「また来よつばめ」は大見出し]

月日立つのは
  つばめの鳥よ
はやいものだと
    さう思へ

南風吹きや
  また来よつばめ
桜咲いたら
    来よつばめ

南風吹きや
  つばめの鳥よ
わしが待つぞと
    さう思へ


[#1字下げ]千代の松原[#「千代の松原」は大見出し]

千代《ちよ》の松原
ひよろひよろ松よ

こぼれ松葉の
わたしぢやほどに

逢ひに来たのか
泣かせに来たか

逢ひに来たなら
出て逢ひませうに

泣けと云ふなら
わしや泣きませうに

唄で流して
横丁を通る


[#1字下げ]背戸山[#「背戸山」は大見出し]

狐ヤ背戸山さ
   来ちやコンと啼いた

背戸の松山の
   松|伐《き》つてしもと

狐ヤ背戸山さ
   来なくなつた


[#1字下げ]飛騨にて[#「飛騨にて」は大見出し]

山にや
毎日 寒い風吹くに
飛騨の高山
渡り鳥や
渡る

渡りなされよ
富山の 山にや
風は吹いても
まだ雪ヤ
降らぬ


[#1字下げ]米山小唄[#「米山小唄」は大見出し]

思ひつめたぞ
   米山《よねやま》さまよ

生きて暮らそと
   恋路で死のと

わしの心も
   こうなりや闇ぢや

どこで照る日も
   照る日は同じ

故郷《くに》も捨てたぞ
   この土地去るぞ


[#1字下げ]旅の身ぢやとて[#「旅の身ぢやとて」は大見出し]

旅の身ぢやとて
   さうぢやとて

明日《あす》はわかれて
   ゆく気かい

たづねて来よとて
   さうぢやとて

このままわかれて
   ゆく気かい

待つてて呉れとて
   さうぢやとて

どうでもわかれて
   ゆく気かい


[#1字下げ]小諸小唄[#「小諸小唄」は大見出し]

  □

上州見おろし
   浅間が山は
胸にほのほの
   火を燃やす

  □

二つ日はない
   浅間が山よ
わしが願ひを
   どうなさる


[#1字下げ]出船[#「出船」は大見出し]

沖は時雨《しぐれ》よ
   渚は雨よ

船は出船《でぶね》か
   みち汐か

汐はみち汐
   港の船よ

時雨|交《まじ》りの
   風が吹く


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