つばくらは
花に寝もせぬ
旅の鳥
野にも山にも
春の日の
雨は糸より
細く降る
[#1字下げ]篠藪[#「篠藪」は大見出し]
蝸牛《ででむし》よ
黙り腐つた
蝸牛よ
渦を巻いてる蝸牛よ
何が恋しい
篠藪に
さらさら さらと 雨が降る
夢現《ゆめうつつ》に
己《おれ》は暮した
蝸牛よ
己に悲しいコスモスの
花と花とに雨が降る
もう己の
家は最終《をはり》だ
蝸牛よ
田もいらぬ
畑もいらぬ
篠藪に
さらさら さらと 雨が降る
[#1字下げ]萱の花[#「萱の花」は大見出し]
誰に見せうとて
髪結ふた
西の山には
萱《かや》の花
誰に解かそと
帯締めた
東の山にも
萱の花
萱の枯れ葉に
だまされた
お綱さまはと
懸巣啼く
[#1字下げ]みそさざい[#「みそさざい」は大見出し]
わたしの姉《ねえ》さん
篠藪で
さつさ お背戸の
鷦鷯《みそさざい》
誰にも言はずに
ゐてお呉れ
去年の暮にも
篠藪で
さつさ お背戸の
鷦鷯
誰にも言はずに
ゐてお呉れ
[#1字下げ]風に吹かれて[#「風に吹かれて」は大見出し]
風に吹かれて
そよそよと
山の枯葉は
皆落ちた
木曾に木榧《きがや》の
実はうれる
かへれ信濃の
旅烏
茶の樹畑の
豆食べた
鳩は畑の
どこで啼く
[#1字下げ]荒野[#「荒野」は大見出し]
花と云ふ花は咲けども
妻と云ふ
花は咲かない
おお 淋し
荒野《あれの》の果てに
咲く花は
妻と云はりヨか
おお 淋し
風に吹かれて飛ぶ雲は
荒野の 果ての 野の 果ての
わたしに 何《な》んで
恋しかろ
[#1字下げ]子安貝[#「子安貝」は大見出し]
渚の 渚の
子安貝
波 どんど
波 どんど
子安貝
今日《けふ》から ふたりで
暮しませう
お前も
わたしも
子安貝
[#1字下げ]一軒家[#「一軒家」は大見出し]
姉は 男に
だまされた
野中《のなか》の一軒家の
きりぎりす
機場《はたば》に売られた
妹は
とんがらがん とんがらがん
暮してる
姉は 男に
だまされた
野中の一軒家の
きりぎりす
青い芒《すすき》に
降る雨は
ちんちりりん ちんちりりん
降りました
[#1字下げ]白露虫[#「白露虫」は大見出し]
かげろふの
あしたはまたぬ命だと
たよりは来たが
どうしよう
ひとつにはまたひとつには
かすかに白き
花でせう
しよんぼりとまたひとつには
さびしく咲いた
花でせう
かなしくもまたふたつには
涙に咲いた
花でせう
かげろふの
糸より細き命だと
たよりは来たが
どうしよう
[#1字下げ]雁[#「雁」は大見出し]
今朝《けさ》も 南へ
下総《しもふさ》の
雁《かり》が啼き啼きたちました
さらば さらばと
下総の
風の吹くのにたちました
親と別れた
故郷《ふるさと》の
空を見てゐた雁でせう
旅の身ゆゑに
下総の
風の吹くのにたちました
[#1字下げ]濡れ乙鳥[#「濡れ乙鳥」は大見出し]
逢ひはせぬかよ
十六島で
潮来《いたこ》出島の
ぬれ乙鳥《つばくら》に
潮来出島の
ぬれ乙鳥は
いつも春来て
秋帰る
[#1字下げ]空飛ぶ鳥[#「空飛ぶ鳥」は大見出し]
赤いはお寺の
百日紅《ひやくじつこう》
白いは畑の
蕎麦《そば》の花
空飛ぶ鳥ゆゑ
巣が恋し
別れた子ゆゑに
子が恋し
木瓜《ぼけ》の花咲く
ふるさとの
国へ帰れば
皆恋し
[#1字下げ]枯れ山唄[#「枯れ山唄」は大見出し]
潮来《いたこ》出島の
五月雨《さみだれ》は
いつの夜の間に
降るのだろ
枯れて呉れろと
枯れ山の
風は幾日
吹いただろ
常陸《ひたち》鹿島の
神山《かみやま》に
己《おれ》が涙の
雨が降れ
[#1字下げ]土蔵の壁[#「土蔵の壁」は大見出し]
わたしの胸の
恋の火は
いつになつたら
消えるだろ
竈《かまど》の土は
樺色《かばいろ》の
焔に燃えてをりました
君はたしかに
夕暮の
野に咲く花の
露でした
土蔵の壁に
相合《あひあひ》の
傘にかかれてありました
[#1字下げ]儚き日[#「儚き日」は大見出し]
君のたよりの
来た日から
かなしい噂がたちました
水に流して呉れろとは
夢と思への
謎か知ら
走り書きだが
仮名文字《かなもじ》で
「涙」と記してありました
水に流して呉れろとは
熱い涙の
ことか知ら
[#1字下げ]祇園町[#「祇園町」は大見出し]
友禅の 赤く燃えたつ
祇園町《ぎをんまち》
銀の糸の
雨は斜《ななめ》に降りしきる
渋色の 蛇の目の傘に
降る雨も
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