卑彌呼考
内藤湖南

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)支侵《シシム》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)又|靈《ミタマノフユ》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「止+支」、第3水準1−86−36]

 [#…]:返り点
 (例)倭人在[#二]帶方東南大海之中[#一]。

 [#(…)]:訓点送り仮名
 (例)出雲[#(ノ)]神[#(ノ)]子出雲建子命。
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 後漢書、三國志、晉書、北史等に出でたる倭國女王卑彌呼の事に關しては從來史家の考證甚だ繁く、或は之を以て我神功皇后とし、或は以て筑紫の一女酋とし、紛々として歸一する所なきが如くなるも、近時に於ては大抵後説を取る者多きに似たり。今余が考ふる所は此の二者に異なる者あれば試みに左の序次により、其の所見を下に述べんとす。
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一、本文の撰擇
二、本文の記事に關する我邦最舊の見解
三、舊説に對する異論
四、本文の考證
五、結論
[#ここで字下げ終わり]

       一、本文の撰擇

 卑彌呼の記事を載せたる支那史書の中、晉書、北史の如きは、固より後漢書、三國志に據りたること疑なければ、此は論を費すことを須ひざれども、後漢書と三國志との間に存する※[#「止+支」、第3水準1−86−36]異の點に關しては、史家の疑惑を惹く者なくばあらず。三國志は晉代に成りて、今の范曄の後漢書は、劉宋の代に成れる晩出の書なれども、兩書が同一事を記するに當りて、後漢書の取れる史料が、三國志の所載以外に及ぶこと、東夷傳中にすら一二にして止らざれば、其の倭國傳の記事も然る者あるにあらずやとは、史家の動もすれば疑惑を挾みし所なりき。此の疑惑を決せんことは、即ち本文撰擇の第一要件なり。
 次には本文の中、各本に字句の異同あることを考へざるべからず。三國志に就て言はんに、余は未だ宋板本を見ざるも、元槧明修本、明南監本、乾隆殿板本、汲古閣本等を對照し、更に北史、通典、太平御覽、册府元龜等、此記事を引用せる諸書を參考して其の異同の少からざるに驚きたり。其の※[#「止+支」、第3水準1−86−36]異を決せんことは、即ち本文撰擇の第二要件なり。
 今先づ單に其の先出の書たる理由によりて、左に三國志魏書第三十の本文を掲ぐべし。
[#ここから2字下げ]
     倭人傳
倭人在[#二]帶方東南大海之中[#一]。依[#二]山島[#一]爲[#二]國邑[#一]。舊百餘國。漢時有[#二]朝見者[#一]。今使譯所[#レ]通三十國。從[#レ]郡至[#レ]倭。循[#二]海岸[#一]水行。歴[#二]韓國[#一]。乍南乍東。到[#二]其北岸狗邪韓國[#一]。七千餘里。始度[#二]一海[#一]千餘里。至[#二]對馬國[#一]。其大官曰[#二]卑狗[#一]。副曰[#二]卑奴母離[#一]。所[#レ]居絶島。方可[#二]四百餘里[#一]。土地山險。多[#二]深林[#一]。道路如[#二]禽鹿徑[#一]。有[#二]千餘戸[#一]。無[#二]良田[#一]。食[#二]海物[#一]自活。乘[#レ]船南北市糴。又南渡[#二]一海[#一]千餘里。名曰[#二]瀚海[#一]。至[#二]一大國[#一]。官亦曰[#二]卑狗[#一]。副曰[#二]卑奴母離[#一]。方可[#二]三百里[#一]。多[#二]竹木叢林[#一]。有[#二]三千許家[#一]。差有[#二]田地[#一]。耕[#レ]田猶不[#レ]足[#レ]食。亦南北市糴。又渡[#二]一海[#一]千餘里。至[#二]末盧國[#一]。有[#二]四千餘戸[#一]。濱[#二]山海[#一]居。草木茂盛。行不[#レ]見[#二]前人[#一]。好捕[#二]魚鰒[#一]。水無[#二]深淺[#一]皆沈沒取[#レ]之。東南陸行五百里。到[#二]伊都國[#一]。官曰[#二]爾支[#一]。副曰[#二]泄謨觚柄渠觚[#一]。有[#二]千餘戸[#一]。世有[#レ]王。皆統[#二]屬女王國[#一]。郡使往來常所[#レ]駐。東南至[#二]奴國[#一]百里。官曰[#二]※[#「凹/儿」、第3水準1−14−49]馬觚[#一]。副曰[#二]卑奴母離[#一]。有[#二]二萬餘戸[#一]。東行至[#二]不彌國[#一]百里。官曰[#二]多模[#一]。副曰[#二]卑奴母離[#一]。南至[#二]投馬國[#一]。水行二十日。官曰[#二]彌彌[#一]。副曰[#二]彌彌那利[#一]。可[#二]五萬餘戸[#一]。南至[#二]邪馬壹國[#一]。女王之所[#レ]都。水行十日。陸行一月。官有[#二]伊支馬[#一]。次曰[#二]彌馬升[#一]。次曰[#二]彌馬獲支[#一]。次曰[#二]奴佳※[#「革+是」、
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