す。
又此の時代に於て最も貴ばれた本に源氏物語、伊勢物語があります。源氏物語は男女の關係を露骨に書いたもので、今日から見れば之を講讀することは危險の樣に思はれるものを、そんなに尊崇したと云ふことは不思議な樣に思はれますけれども、そこに日本人が支那の道徳でもなく、印度の道徳でもない或る要求を滿たしたものがあるからであります。殊に支那の道徳とは實にかけ離れた考へ方をして居る、伊勢物語にしても、男女の關係のだらしのない所を書いて居りますが、其の間に日本國民の僞らざる人情を書いてあると云ふ事を、日本人が尊びました。戰國の末から豐臣太閤の頃に亙つて、歌學で有名な細川幽齋に其の門下の宮本孝庸といふ者が世間の便りになる書は何が第一かと聞いた所が、それは源氏物語だと、それから又歌學の博學に第一のものはと問うた所が、それも源氏物語だと云つたと云ふことがありますが、それは表面男女關係のだらしのない小説の中に含んで居る深い意義を日本人が發見する樣になつて、それを一種の日本文化と考へたのであります。之は今日から見れば色々な考へ樣をしなければならない點もありませうが、然し其の間に支那でもなく、印度でもなく、つ
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