れから段々時期を分けて深い教を説き、最後に法華經を説いた、それで法華經が一番尊いものであると、一代の事を五時とか八教とかに割當てゝ、それで以てあらゆる佛教の説の變つて居る所を片付けようといふ、それが一番永い間勢力があつた。併し富永は古來の傳統の説に囚はれないで、特別な方法を發見しました。
一「加上」の原則
特別な方法、それはどういふことかと申しますると、こゝに一つの原則を立てました。富永の「出定後語」の中にかういふ言葉があります。それは「加上」――加上の原則といふものを發見したのであります。加上の原則といふものは、元何か一つ初めがある、さうしてそれから次に出た人がその上の事を考へる。又その次に出た者がその上の事を考へる。段々前の説が詰らないとして、後の説、自分の考へたことを良いとするために、段々上に、上の方へ/\と考へて行く。それで詰らなかつた最初の説が元にあつて、それから段々そのえらい話は後から發展して行つたのであると、斯ういふことを考へた。それは「出定後語」の「教起前後」の章に書いてある。佛教の中の小乘教も大乘教も、――その大乘教の中にいろ/\な宗派がある
前へ
次へ
全42ページ中13ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
内藤 湖南 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング