大阪の町人學者富永仲基
内藤湖南

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)出定後語《しゆつぢやうごご》

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   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)各※[#二の字点、1−2−22]

/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)いろ/\な天才
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 大阪毎日新聞が、一萬五千號のお祝で講演會を催されるといふことで、私にも出るやうにとのお話で出て參りました。但しこの講演會は、時に毎日新聞の一萬五千號のお祝のやうにも聞え、大大阪のお祝のやうにも聞え、時としては大大阪文化史の講演といふ風に見えたこともあります。それについて一寸お斷りして置きますが、私は大都市主義に反對です。それで一萬五千號のお祝に出て參りましたので、大大阪讚美のために出て參つたのではありませぬ。これだけはお斷りして置きます。(拍手)今日は殊に大大阪について十分に讚美のお話がありませうから、一寸それだけ申上げて置きます。

       大天才富永仲基

 私のお話申上げますのは、「大阪の町人學者富永仲基」についてゞ、この長々しい題號は、毎日新聞の岩井君が選定して呉れたので、私は何も知りませぬ。併しこの事をお話したいといふことは私の注文です。
 これについては私が前にも或時に講演したことがあります。大阪に懷徳堂といふものがありまして、其處で大正十年に一度講演をしました。その時はまだ富永の著書について、私共見たいと思うて見付からぬものがありまして、殘念のことに思つたのでありますが、それが幸ひに昨年の春見付かりまして、私は非常に嬉しかつたので、早速これを貧乏の中から大奮發で出版しました。それは「翁の文」といふ本であります。此處に持つて參つて居りますから後で御覽を願ひます。但し澤山お買ひ下さると云つても、もう本は澤山ありませぬ。それもお斷り申して置きます。私が出版した本はこれで、これは(原本を示す)昨年見付かつた本でございます。
 この富永仲基といふ人は、私のひどく崇拜して居る一人です。大阪に關係のある人では、いろ/\な天才、えらい人がありませう。昨日お話のあつた筈の豐太閤、これも非常な天才、日本の天才でございました。それから文學者として近松門左衞門といふ人もありませう。併し眞に大阪で生れて、而も大阪の町人の家に生れて、さうして日本で第一流の天才と云つてよい人は富永仲基であると思ひます。
 此人を隨分若い時から私は崇拜して居りまして、初めて此人の事について何かつまらないことを書きましたのが明治二十六年であります。今此處にお出になつて私の話をお聽き下さる方で、明治二十六年にはまだ生れない方もあるかも知れませぬ、隨分古いことであります。その時分から敬服して居つた。それは彼の有名な「出定後語《しゆつぢやうごご》」といふ本を讀んで敬服したのであります。それはこの本でございます。(書物を示す)これもどうぞ後で御覽下さい。
 それから段々いろ/\の人がこの事について書いたものも見ました。又それに就ていろ/\の事を調べまして、今日では此人の歿年は分りませぬけれども、大體何時頃に生存して居つたといふことは分ります。さうして此人の出所も大分はつきり分るやうになりました。其處に列べてあるのが富永家の墓の拓本であります。これは岩井君にお願ひして作つて戴きましたが、このいろ/\の墓は今日でも下寺町の西照寺にあります。その墓は私共が初めて見付けた譯ではありませぬ、前から知つてゐる人がありまして、私が初めて見ましたのが、隨分これも古い、明治三十七年であります。その年が丁度甲辰の年――日露戰爭の起つた年でありますから甲辰の年であります。この「出定後語」が出來ましたのが延享元年甲子の年で、丁度百六十年に當ります。それに大阪生れで有名な慈雲尊者がなくなつてから百年に當つて居るので、私共二三の同志の者が、一つ富永の墓を弔つてやらうぢやないかといふことで、その西照寺で小さい會を致しまして、富永仲基と葛城慈雲、この二人を偲ぶために、その著書などを列べたことがあります。慈雲尊者は日本の梵學研究に大なる功績を遺し、又佛教にも一種の創見を有して居り、富永と行方は違ふが天才と云ふべき人で、私が聊かでも佛教に關する正しい知見をもつて居るのは此人の御蔭です。此時に初めて富永一家の墓を見ましたが、惜しいことには富永仲基本人の墓は已にありませぬ。祖父祖母の墓、兩親の墓はあります、兄の墓もあります、其外一族の墓もありますが、私共の見ました時はまだ元の墓地その儘の處にあつたのであります。近頃はどうやら少し横の方に片付けてしまつてあると聞いて居ります。片付けられてから後私は行つて見ませぬ
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