抄の研究家、例へば狩谷※[#「木+夜」、第3水準1−85−76]齋の如きは、倭名抄に出て居る織物に對して、新井白石が取つたと同樣な研究方法で注釋を加へる樣になつた。例へば新井白石は綾の字をアヤと讀むことに就て、其の語源が漢の意味であると解釋し、狩谷※[#「木+夜」、第3水準1−85−76]齋は倭名抄の羅の字の注釋に於て、今俗に呂と呼ぶものがあるが、これは恐らくは羅の音の轉じたものであらうといふ解釋を下した。斯の如きことは、注意せずして讀み去る時は何でもないことであるが、これ實に織物の研究が歴史的になつて來た一端を示して居るのである。
近代に於ては、又た支那の新しい織物に對して、日本で之を何と呼ぶべきかといふことに注意した人もある。明代の書籍に天工開物といふのがあるが、それが日本に於て飜刻せられた時に、いろ/\なものゝ名目に、假名でもつて日本名をつけてあることは、餘程細密な注意を爲したものと見える。其の中に、綾の字にリンズと假名をつけ、紬の字にサヤと假名をつけて居るなどは、やはり實物に就いて考へたることであつて、殊に綾をリンズとしたのは、リンズといふ詞が綾の字の支那音から來たことを想は
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