な部分があると思ひます。それはどういふことかと申しますと、周の初め、周公を中心として書いたものが最も比較的正確であらうと思ふのであります。今日の尚書の中の、確かだと言はれる今文尚書の中で、殊に周公に關することが比較的正確であると思ひます。その理由まで申すとなか/\長くなりますから、今日はお預りして置きます。でその周公に關係したことと申しますといふと、例へば大誥・康誥・酒誥・召誥・洛誥、之を五誥と申しますが、その五誥であるとか、或はそれに續いてあります所の無逸・君※[#「爽」の二つの「爻」に代えて「百」、読みは「せき」、第3水準1−15−74]・多士・多方・立政、さういふ諸篇は皆周公に關係したものであります。それが先づ大體に於て尚書の中でも比較的正確なものだと思ひます。しかし之に就て更に細かに考へて見ますと、その中でも純粹な記録で保存されたものといふものはなかなか無いのでありまして、一部分は記録、一部分は傳誦で傳はつて居つたやうな形であります。その中でも、記録として遺つた部分の多からうと思ひますのは今の五誥の種類でありまして、それに比べますと無逸とか君※[#「爽」の二つの「爻」に代えて「百」、読みは「せき」、第3水準1−15−74]とかいふやうなものは多少物語として遺つたかのやうに考へられる部分が多いのであります。尤もそれにしても、即ちそれが多少物語になつて遺つて居つたとしても、その物語は、或る新らしい時代に簡册に書かれたものでなくして、相當古い時代に書かれたものでないかと考へられます。それらの周公に關係しましたものの中で、最後に出て居りますのは立政篇でありますが、その中に使つてある文字、――妙なことから私考へ付いて居りますのですが、その中に助字の「矣」の字を使つて居ります。助字の「矣」の字を使つて居る篇は、周公に關係した諸篇の中で立政一つである。さうしてそれが詩經などの例に依りますと、「矣」の字が段々多く使はれて來て居りますのは、大體西周の末頃から東周の初め頃に出來ました詩に多いやうに考へられますので(1)、この立政などは少くとも周公に關する説話が、東周の初め迄の間に書かれたものではないかと思ひます。さうしてそれが周公に關係した諸篇の最後に出て居りますから、それ以外のものは大體それ以前に書かれたかと、まあ想像するのでありますが、まだそれを極めてはつきりと申上げる程研究はして居りませんです。
 ともかくさういふ次第でありまして、先づその中で五誥といふやうなものは、傳來して居る支那の記録としては最も確かなものではないかと考へられます。もう一つこの中で召誥・洛誥が餘程古からうといふ證據としては、洛誥篇の組立てが餘程妙に出來て居りまして、一篇の最後に年月を書いて居ります。洛誥篇の最後に「惟周公誕保文武受命惟七年」と書いてありますが、その前に「在十有二月」と書いてあります。で、この召誥・洛誥といふ二篇は、これはその内容の意味は連續してゐる記事でありまして、これは殆ど同時に出來たといふことは内容からして疑ひのないものでありますが、その洛誥の末尾にかういふ紀年の書き方がしてあります。この紀年の書き方は、之を銅器の銘と比較して見ますと、銅器の銘の中でやはり最も古い書き方の所にこれがあるのであります。大盂鼎・小盂鼎といふ銅器がありまして、これは今日に遺つて居る銅器の中で、最も製作も立派なもので、さうしてその銘の内容も餘程淳古なものとなつて居るのでありますが、その銅器の紀年のし方は、大盂鼎の方にはやはり最後に年を書いて居りまして、さうして「隹(惟)王廿又三祀」とあります。それから小盂鼎の方は「隹王廿又五祀」とあります、これが最後にあります。その外私は當時之を調べました頃に※[#「てへん+(鹿/禾)」、読みは「くん」、454−15]古録金文などに當つて見たのでありますが、※[#「てへん+(鹿/禾)」、読みは「くん」、454−15]古録金文に出て居ります銅器では※[#「舟+余」、読みは「よ」、第4水準2−85−73]尊、これがやはり最後に歳月が出て居ります。これが餘程變な書き方をして居りまして、「隹王十祀有五※[#「三/二」、454−17]日」、かういふ紀年の書き方をして居ります。それからもう一つは庚申父丁角としてありますが、これは多分今住友家に來て居るのでないかと考へます。或は宰※[#「木+虎」、読みは「こう」、第4水準2−15−6]角とも申します。これには「在六月隹王廿祀」とあります。それからやはり※[#「てへん+(鹿/禾)」、読みは「くん」、455−1]古録金文に戊辰彝といふものがありまして、これには「在十月隹王廿祀」とあります。それからもう一つは最近の郭沫若氏の金文辭大系に出て居りますので※[#「そうにょう+異」、読みは「ちょく」、455−2
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