たりしてゐるが、醫者の學問は絶えない。釋老の書も、屡※[#二の字点、1−2−22]變改を經てゐるが、しかもその書は絶えない。漢籍に於ても、漢代の易の本は非常に多かつたが、多くは傳はらず、ただ卜筮の易は傳はつてゐる。卜筮は專門の仕事で、必要上これをなくされないから絶えない。それ故、目録學は、學問の專門を明かにするため、類例の法を明かにするのが根本であるといふ議論である。
 これによつて上述の十二類の分類法を作つたが、これは從來の四部の分類法よりはよほど學術的に出來てゐる。從來の四部の中で、最も一纏めにすることの不合理なのは諸子類であつて、天文・五行・藝術・醫方まで皆これに入れてゐるが、これは不都合であるとて、十二類の分類法では皆これを分けた。殊に經書の中で、經類・禮類・樂類を分けたのはよく考へたもので、單に書籍により傳はるものと、禮樂の如く仕事によつて傳はるものとを別にしたのである。その中で、又色々細かい分類をしたが、これは學問の方法としては相當に綿密に出來てゐる。彼は昔の七略でさへぞんざいである、四部の分け方はあまりにやりつぱなしだといふ議論である。かくの如く類例を分け、專門の學術が明
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