ち鄭樵が通志を書いた時、その中に藝文略と校讐略とを書いたことで、これは目録學上よほど大切なことである。そのことは後に述べる。
私家書目の勃興――遂初堂書目・郡齋讀書志・直齋書録解題
今一つの新現象は、個人の藏書目録の盛になつたことである。その中最も有名なのは、尤袤の遂初堂書目、晁公武の郡齋讀書志、陳振孫の直齋書録解題などである。遂初堂書目は全く書名と卷數だけを擧げた目録で、これは鄭樵の議論によつたのだらうと云はれる。他の二つはいづれも詳しい解題のある目録である。もつとも學術の源流を調べるといふやうな大著述の志でしたのではなく、ただ自家の所藏本につき、卷數等のことを調べ、本の大體の性質、多少は本の沿革を書いたものである。それ故、これに載つてゐないからとて、當時その本が全く絶えてゐたとも云へず、これにあるのが當時の完全な本とも云へない。崇文總目の如きも、この二書には單に略本の一卷本しか載つてゐないが、その後まで崇文總目の完本があつたことは事實である。しかしこれに載せられた本の卷數は、その後今日まで引き續き存在する本が、南宋の時代に如何なる體裁であつたかを調べるには必要で
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