らぬ方が安全であらう。
劉向は、かく他人の作つた本に解題を書いたばかりでなく、自分の作なる説苑の初めに、その著作の大要を述べてゐる。その他、別録の文が斷片的に殘つてゐるのは澤山あつて、嚴可均の全上古三代秦漢六朝文の中の全漢文の處に、劉向のすべての文を集め、斷片的の文句も皆載せてある。
劉向の目録學
劉向の學問の仕方、殊に目録學のそれについては、孫徳謙の「劉向校讐學纂微」に大體論じてゐる。今、この孫氏の書の項目により、自分の意見をも加へて説明することとする。孫氏は第一の箇條として、
(一)備衆本 といふことを擧げてゐる。本を校正するには、色々の本を集めなければならぬ。劉向が多くの本を集めたことは、別録に皆書かれてゐる。その「中書」とか「中祕書」といふのは天子の手許の本である。その他には、自分の持つてゐる本をも擧げてゐる。即ち「臣向が書」とあるもので、その他の本は誰某の書と名前を書いてその本を擧げてゐる。時として「太史書」とあるのは、太史公司馬遷などが見た本であるらしいので、太史の官に備へてあつた本である。漢の時、朝廷へ奉る本は、必ず副本を太史の所に入れたのである。こ
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