補へるとて、民間に大圖書館を作る必要を論じた。
以上が彼の校讐學の大體である。その他は漢書藝文志につき論じ、鄭樵が漢書藝文志につき論ぜることを論じ、又焦※[#「立+(宏−宀)」、第4水準2−83−25]の漢書藝文志につき論ぜることを論じ、又七略の中の六略の分類につき一一論じてある。ともかく目録學をこの人の學問の流儀として、歴史的に根本から學問として組立てることを考へた。支那風の目録學は彼に至つて大成した。
章學誠の祖述者
章學誠の學問は、久しく祖述する人がなかつたが、現存の人で之を祖述するものに張爾田と孫徳謙の二人がある。張爾田には史微の著があり、孫徳謙には諸子通考(未完)・漢書藝文志擧例・劉向校讐學纂微の著がある。しかしこの二人は章學誠の如く、一種の學問の組立てを自己に持ち、すべての學問に歴史的根據を與へ、目録學にも歴史的根據を與へて、それから分類の法を考へる根本の思想には十分觸れてゐない點もある。
底本:「内藤湖南全集 第十二卷」筑摩書房
1970(昭和45)年6月25日初版発行
1976(昭和51)年10月10日初版第2刷発行
入力:はまな
前へ
次へ
全111ページ中110ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
内藤 湖南 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング