別することが出來なくなつたこと、書籍を拔き書きする一種の本が出來て、それを何の部類に屬してよいか分らなくなつたこと、詩文を評點することが起つて、文集の中でも別集とも總集ともつかないものになつて來たこと、かかることから自然七略の法が復興出來なくなつた。しかし七略の法が復興出來なくなり、又著述にえたいの知れぬものが出來ることは、著述の段々惡くなる證據である。それ故、現に四部の法で目録を作つても、四部の中で流別を調べて、昔の學問が官職から出た學問の根本に溯るやうにし、學派の區別を明かにすることが必要であると云ひ、今日四部の區別で分類の仕方が粗雜になつてゐるが、その中に、本の内容を考へるともつと精密な區別が出來ることを論じてゐる。この人は必ずしも書籍を七略の昔に復さうとはせず、やはり支那の學問が昔より學派の區別が明かでなくなつて來た現在の状態に從ひ、四部に分けることは已むを得ないとし、その中で内容を調べることを主張してゐる。
この目録を作るに内容を主とする意味から――目録は單に簿録でないことから――一つの本でも、その内容の幾通りにも見られるものは、その各部各部に重複して名を出すべきであると論
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