は役所の帳面の事を謂ふのである、其處で文書を掌る者を史といふのは、役所の帳面を手に持つて居る形である、之が史と云ふ字の根本の意味である、史といふ官は前にも申しました通り府史胥徒といつて、種々な官の史と云ふ者があります、其所で帳面を持つて居る形で以て史と云ふものが出來たのである、これが江永の説である、此説は餘程好い所がありまして、中と云ふものが簿書の意味だと云ふことから史の義を解釋した、呉大澂の方は史の字の中が、中正の中でないといふ上から解釋したのでありますが、夫に就て私はもう少し深く考へて見たいと思ふのです。
近來京都に來て居る羅振玉といふ學者は文字のことに精通して居る人であるが、此人が殷虚書契の考釋の中に、中の字は普通の中の時は※[#「※」は「中」の篆書体別体2、読みは「ちゅう」、154−3]ともかき※[#「※」は「中」の篆書体別体1、読みは「ちゅう」、154−3]ともなつて居る、史の上の中の字は※[#「※」は「中」の篆書体、読みは「ちゅう」、154−3]斯ういふ形になつて居る、中正の中とは違ふと云ふことを云て居る、其は呉大澂の説も羅氏の説も或點までは一致するのであります、併し其の史の上の中といふ根本の意味は何であるかと云ふと、私は簡册もしくは簿書の意義になる前に、弓の數取の※[#「※」は「竹かんむり+弄」、読みは「さん」、第3水準1−89−64、154−5]を入れる中の意味と解釋したい、前に申しました如く、周禮に「中を飾り※[#「※」は「竹かんむり+弄」、読みは「さん」、第3水準1−89−64、154−6]を舍き其の禮事を執る」と云ふことがあります、其の中、又儀禮に載つて居る中でありますが、中は物を數へる※[#「※」は「竹かんむり+弄」、読みは「さん」、第3水準1−89−64、154−7]を器の中に入れた形※[#「※」は篆書体、154−7]斯ういう形に※[#「※」は「竹かんむり+弄」、読みは「さん」、第3水準1−89−64、154−7]を舍く、其の形を極めて簡單に現はした時は「※[#「※」は「中」の篆書体、読みは「ちゅう」、154−8]」此の字になる、其れを手に持つて居るのが即ち史になつたのである、之が丁度今申上た儀禮と周禮と一致する所の史の意味から考へて見て、それから亦文字の形から考へて見ても、何の點から考へても宜いと思ひます。
最初の史と云ふ職務は弓の數取であつたらうと思ひます、今日でも球などを就いてゲームをする人が數取が側に居つてチヤンと數を數へてるやうなもので、昔周の時には大射禮といふものがあります、隣國との境に弓を射る事が禮儀になつて居る、其の數を取ることは餘程必要な職務であつて、それが史であつたものと思ふ、それは儀禮に出て居る大史小史である、それが亦周禮に載つて居る大史にも當る、私は此の考を後に羅振玉氏に話しました所が、夫は宜からうと云ふことで、幾らか安心をしました、それは最初の史官の話でありますが、昔は數をかぞへるといふ事は餘程大事なことでありまして、文字の十分發達しない時から、數に依つて物を記憶する、結繩の政も數のことから出て居る、又支那で天下を治むる大法を書いた尚書の洪範篇には、其の大法を九つの項目に分けたので、其の各々の中に五とか六とか或は八とかの小項目を系けてあつて、何でも數で記憶するやうに作つてありますから、數を記憶さすと云ふことは餘程肝心な事であつたと思ひます、夫で第一史の職務といふものは弓の中つた數をかぞへる所から、其外の數を記憶することも段々の史の職務になつて來たのであらうかと考へます。
數をかぞへると云ふことが段々發達しますと、昔は暦日天文の事が餘程大切なことになります、數の發達したのが古代では天文の職務であります、そこで大史の職務の中には天文の職務が主もなる職務になつて入つて來た、それから段々史といふものが筆を執つて物を書くやうになつたらうと思ふのでありますが、兎に角史官の起原は然ういふ所から來た、それは何時代頃からかと云ふと、殷虚の龜の甲に書いてあつた所から觀れば、殷代には既に在つたらうと思ひます。
夫から史官の盛んになつたのは周の時代と考へます、周の時代には史の職務を苗字同樣にしたものがあります、史某、大史某、内史某と云ふ人もありました、殊に周の制度を建てた者で周公と並び稱せられた史佚といふ人があります、之は傳説に依れば周公と並んで聖人と稱せられました、即ち史官で最も豪い人は聖人とも稱せられました、今日知られて居ります所に依ると、殷代では史と云ふ職務の人に豪い人が無くて、却つて巫某といふ人に有名な人がある、例へば巫賢、巫咸などがあります、殷では鬼神を祭ることを尊ぶ風俗があります、そこで殷代では神を祭る方の職務の巫の方に賢人とも謂はるゝ宰相同樣の人があつたが、夫が周代になつて史と
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