已に山井、根本諸人の如きあり、佛家にも忍澂和上の如きありたれば、此の一事は敬首和上の特見とし難し。其外
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注に本文とをし並べてことの外大切にする注あり
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とて王弼老子注、郭象莊子注、張湛列子注、※[#「麗+おおざと」、第3水準1−92−85]道元水經注、裴松之三國志注、劉義慶世説注、李善文選注、王逸楚辭注、高誘呂氏春秋注、王肅家語注、韋昭國語注を擧げ、皆本文と光を爭ふといひしなども、近世支那學者と同じ程度の識見を有せりといふべし。
又云く
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字書と雜記の書と類書との三類は常に能々看讀すべし其の中雜記の書は尤も翫味すべき者也一には見識を増し二には事實を知り三には經史子集を見るに甚だ助とす
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といひ、雜記の書は、容齋隨筆、夢溪筆談の如き者を指したれば、和上は已に考訂を知りしなり。類書としては三通、又大平御覽、册府元龜、文苑英華を三大書とし、藝文類聚、初學記、北堂書抄を唐の三書として擧げたるなど、皆其の選擇の當を得たるを見るべく、本草學、脈學、醫方學を專門の學とし、醫は暦術と同じ後世ほど委くなるべしといへるも、學術に對する理解の非凡なるを見るに足る。又
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凡そ書籍に僞書多し關尹子。墨子。鬻子。晏子春秋等の書は恐は後人の僞作也眞書には非ず
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といひ、
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近代中華より來る所の藏經の中語録相ひ半ばせり此れ乃ち塵芥を以て金文を汚せり
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といへるは、並びに極端に失するに似たれども、又見得て透徹せる處なきにしもあらず。
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佛書の中天台と慈恩と一行とは別に一格ある用意の書なり此の三書は尤も大事なり一行の書は易老子の如し慈恩の文は楊子法言太玄經の如し天台の書に又一格あり此の三書の格は甚深の口傳あるべし唯授一人の祕法なり筆示すべからず云々
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とあるは是れ其の獨得を言明せる者なり。和上は元來、佛教各宗の批判に就きて、一流の獨見あり。達磨の立は佛法には非ず、天竺一箇の富蘭那の見なりといひ、凡そ佛法所立の人師の中にて、智※[#「豈+頁」、第3水準1−94−1]法師一人少し目開き申候然れども大に大途を取損はれたり、千歳以來此人の性具にばかされ申候といひ、淨土宗の事、法然の立大に誤る、是は大錯中の大錯なりといひ、玄弉の立の事、此師大概よし、是又天台と肩を並ぶる目のあきたる人也といひ、天台慈恩は佛法の大綱を半合點半不合點、達磨不空は一向不合點なり、南山法藏吉藏はねから不知して綱目を大綱かと思ひし者なり曇鸞、道綽、善導は一向に不分明なりといひ、天親以來正見なく皆是生死の人と見え申候といひ、眼千古を曠しうせる人なれば、かゝる口傳を説くも、必ずしも空言にあらず。又
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新羅より出る書容易に看過すべからず……中國の人夷情を得ぬが故に此を知らず予日本に生して夷情を得たり中國の人情は海の如し新羅高麗の人情は海と川との堺ひ目の如し日本の人情は川の如し此は且く佛書を云若し俗書は不[#レ]爾甚だ野鄙なり本と文なき邦なるが故に佛書は理の甚深を云故に一奇特の文體をなす者なり
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といふが如き、國民性により著述の特色あるを看破せる者にて、別に一隻眼を具するに非れば能し難き所なり。
此書の如き寥々たる短篇中に、其の鋭利なる批評の閃めきを見せること、此書の如きは邦人著述中、有數のものにして、別に何等の組織的思想なくとも、以て珍とするに足るべきに、其の目録學の根柢を有し、確乎たる法式によりて批判せること、上の如くなれば、余は之を讀書人に推薦して其の一讀を勸めんと欲す。
書中に又
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書を多く聚るを人中の賢者とすべし
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といひ、聚書讀書の利益を説きたるは、和上自身が數萬卷の藏書を有せしにもよるべけれども、其の讀書が一貫せる批評眼によりて要約され、徒らに博洽を誇りしにあらざることを知るに及びて益々其の貴さを加ふべし。
余は已に數年前に於て、此書の原刻本を獲たるが、本年二月、大阪の某書肆の目録に、復た此書を載するを見、大阪に此書の眞價を解する讀書人ありや否やを徴せんが爲に、試みに再び之を注文して、其の存否を驗せしに、日ならずして再び此書の第二本を獲たり。僅かに參圓五拾錢を費して、大阪二百萬市民の讀書眼を試驗し得たるは、豈に廉價至極ならずや。呵呵
附記 敬首和上の傳は淨土宗全書第十卷、略傳集中に在り就て見るべし。
[#地から1字上げ](大正十五年十月「典籍の研究」第五號)
底本:「内藤湖南全集 第十二巻」筑摩書房
1970(昭和45)年6月25日発行
1976(昭
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