が足利時代まで其話が傳はつたといふのであるか、どうも疑はしいと思ひました。是は南北朝時代から新注が流行つて大學中庸といふものが禮記の中から特別に拔き出されて尊重されて、それが清原家の學問にも響いて來た結果、かういふ話が出來たのではなからうかと思ひまして、なくなられた田中義成さんに申しました所が、是は贋せ物だ、當時の人の作り話しだらうといふ田中さんの考でありました。足利時代から大學、中庸に限つて新注を採用したのであります。詰り漢學の上に新思想が行はれて、經書の學問は清原家では古注を用ゐるのが古來の仕來りであるけれども、大學、中庸だけは新注を採用するといふ事になつて、今迄の主義を改めるのに何か理窟がなければならぬために、頼業が斯ういふことを言ひ出したといふ話が作り出されたのだらうかと疑はれます。所で此新注は支那でもさうであるが、殊に日本に於て學問を平民に及ぼした有力なる學派であります。さういふ事が足利時代になりまして漢學の上に於ても貴族から平民に移るべき段階を此時代において開いて居つたのであります。
 かくの如く應仁亂の前後は、單に足輕が跋扈して暴力を揮ふといふばかりでなく、思想の上に於ても、其他凡ての智識、趣味において、一般に今迄貴族階級の占有であつたものが、一般に民衆に擴がるといふ傾きを持て來たのであります。是が日本歴史の變り目であります。佛教の信仰に於ても此の變化が著しく現はれて來ました。佛教の中で、其當時に於ても急に發達したのが門徒宗であります。門徒宗は當時に於ては實に立派な危險思想であります(笑聲起る)。一條禪閤兼良なども其點は認めて居るやうでありまして「佛法を尊ぶべき事」と書いてある箇條の中に、「さて出家のともがらも、わが寶を廣めんと思ふ心ざしは有べけれど、無智愚癡の男女をすゝめ入て、はて/\は徒黨をむすび邪法を行ひ、民業を妨げ濫妨をいたす事は佛法の惡魔、王法の怨敵也、」と書いてある。一條禪閤兼良は門徒宗のやうな無暗に愚民の信仰を得てそれを擴める事に反對の意見をもつて居りますが、其當時に於てすでにさういふ現象があつたといふことが分ります。それは兼良が直接さういふ状態を見て居りました處からさう感じたのだと思ひますが、引續き戰國時代に於て門徒の一揆に依て屡々騷動が起り、加賀の富樫など是がため亡んでしまひ、家康公なども危く一向門徒の一揆に亡ぼされる所でありました。單に百姓の集まりが信仰に依て熱烈に動いた結果、立派な大名をも亡ぼすやうになりました。非常に危險なものであつて、門徒宗が實に當時の危險思想の傳播に效力があつたと言つていゝのであります。但し世の中が治まると、危險思想の中にもちやんと秩序が立つて納まり返るもので、今の眞宗では危險思想などゝいふ者が何處にあつたかといふやうな顏をしてゐますが(笑聲起る)却々そんな譯のものではなく、少し藥が利き過ぎると、何處まで行くか分らぬ程の状態でありました。かくの如く應仁の亂といふものは隨分古來の制度習慣を維持しようとして居ります側――一條禪閤兼良などのやうな側から見ると、堪へられない程危險な時代であつたに違ひありませぬ。
 それが百年にして元龜天正になつて、世の中が統一され整理されるといふと、其間に養はれた所のいろ/\の思想が後來の日本統一に非常に役に立つ思想になりまして、今日の如く最も統一の觀念の強い國民を形造つて來てゐるのであります。併し此後も騷ぎがある度に必ず統一思想が起るかといふとそれはお受合が出來ませぬ。今日の日本の勞働爭議に就ても保證しろと言はれてもそれは保證しませぬ。唯だ前にはさういふことがあつたといふだけであります。何か騷動があれば其度毎に其結果として何か特別な事が出來るといふ事は確かであります、唯どういふ事が出來るかといふことは分らない。一條禪閤の如きも當時の亂世の後に結構な時代が來るとは豫想しなかつたのであります。歴史家が過去の事によりて將來の事を判斷するといふ事はよほど愼重に考へないと危險な事であります。
 兎に角應仁時代といふものは、今日過ぎ去つたあとから見ると、さういふ風ないろ/\の重大な關係を日本全體の上に及ぼし、殊に平民實力の興起において最も肝腎な時代で、平民の方からは最も謳歌すべき時代であると言つていゝのであります。
 それと同時に日本の帝室と言ふやうな日本を統一すべき原動力から言つても、大變價値のある時代であつたといふ事は之を明言して妨げなからうと思ひます、まあ他流試合でありますからこれ位の所で御免を蒙つておきます。
[#地から1字上げ](大正十年八月史學地理學同攻會講演)



底本:「内藤湖南全集 第九卷」筑摩書房
   1969(昭和44)年4月10日発行
   1976(昭和51)年10月10日第3刷
底本の親本:「増訂日本文化史研究」弘文堂
   1930(昭和5)年11月発行
初出:史学地理学同攻会講演
   1921(大正10)年8月
※踊り字(/\、/″\)の誤用は底本の通りとしました。
入力:はまなかひとし
校正:菅野朋子
2001年1月10日公開
2006年1月12日修正
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