が、変った事は無い、麦が青い色をしている、四頭の豚も、十羽の鶏も、二匹の猫も健在だ。
今年の冬は、好天気続きで降雨降雪というものが甚だ少ないから、麦の出来が、どんなものか知らん――予想した人によると、今年は麦が不作だろうと云っているものがある、が大した事はあるまい、収穫時の降りだけが気にかかる。
ずっと離れた道路面に置いてあった印刷工場を門内の道場の中に取り入れた、小野生が一人その中で頻《しき》りに植字文選をしている、志村生は休み、活版所を継続するに就いては、二三十年来、弥之助は並々ならぬ苦しみをしている、これに投じた費用労力も尠《すく》ないものではない、いつも功が労に伴わない恨みがあって、放棄して専門店に任せた方が、すべてに便利だとは思うけれども捨て難い、小さくとも手許に自己の活版所を持っているということには、計数の出来ない利便がある、それでも、ボツボツと集めたり放したりしているうちに、八ポの活字と九ポの活字で、先ず一通りの用は足りるだけになっている、このあたり三郡を通じて、これだけ豊富に活字の揃っている工場は無い――(ただ一箇所の東京出版の会社を除いては)――ということになって
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