日それ以上の仕事も以下の仕事もしない、一駄の薪がたしか十八銭もしたと思うが何しろ大コップに一ぱい酒が二銭位の時分だから相当に飲めたものと思う。それで年中酔っぱらって頬ぺたをふくらませてはおろちの様な息を吹き吹き歩いて、夜は寒中平気で堂宮の縁でも地べたでも寝込んでしまう。絶えず酔っぱらって居たが誰も為朝が飯を食うのを見たというものがない、額に大きな「痣《あざ》」があった処から為朝一名を「あざ為」と云ったが、誰も本名を知った者がない。右の如くして、毎日一駄の薪を限って切り出して、それを売りそれを呑むの生活を一生涯つづけた。その薪というのも、手当り次第に人の山へ這入って取って来るのだが、今と違って至るところ見え通らない程雑木林は続いて居たし、人気も鷹揚《おうよう》であったから為朝が持ち去る程度の盗伐は誰もとがめるものはない。或時新来の駐在所巡査がこの男をつかまえて薪の出所を糺問《きゅうもん》しきびしく叱りつけて居るのを見て村人が、
「為朝をあんなに叱言《こごと》云わなくてもよかんべいに」
と云って、かえって同情をして居た事がある。弥之助の家へもちょいちょい売りに来たが、父がこの為朝から薪を買
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