も異様なセンセーションを以て少年の頭にもひびいて来た。
「こんだ、汽車というものがいよいよこっちへ引かれて来るとよ、汽車というものは恐ろしく速いもので電信柱と電信柱の間を目《ま》ばたきをする間に通ってしまうとよ、一丁位先きへ来てもソレ! という間に逃げてしまわなければ轢《ひ》き殺されるから、何でも線路へ寄ってはいけねえぞ」
といってあいいましめて恐れたものだ。後でいよいよ汽車が通った処を見ると、予想程速いものではない、ということは分ったが、少年時代には汽車の速さを魔法的に考えて居たものだ。しかしこれは少年の誇張された恐怖心から起った想像説ではなく、少年の恐怖心を誇張的に刺戟して列車の危険区域から遠ざからしめようとする工事者の政略的宣伝から出たのではないかと思われる。
鉄道の開通という事は、単に少年の好奇心を刺戟したのみではない、地方一般の人心を聳《そび》えしめるものが少くはなかった。鉄道という余計なものが引っぱられて来る為に、都会の生意気な風が吹いて来るから用心しろの、汽車が出来た為に村の富はずんずん東京へ持って行かれてしまうから、ああいうものへは成るべく近づかない方がいい、という様
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