むのであった、このなあーんまいだんぶつの音律にはおのずから一定した節があって決して出鱈目《でたらめ》ではなかった。どうも一寸は真似が出来ないが、あれを遠くで聞いていると、弥之助の幼な心は何となく無常の感じにおそわれて、死出の山路をそろりそろりと人魂《ひとだま》が歩んで行くような気持がさせられた。
 今出征兵を送る一行を見て、弥之助は四十何年も昔の葬式の事が何となしに思い出されて来た。あれとこれとは決して性質を同じゅうするものではないが、ただ、聯想だけがそこへ連なって来た、勇ましい軍歌の声が停車場に近い桑畑の中から聞えて来る。
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勝たずば生きて還《かえ》らじと
誓う心の勇ましさ
或は草に伏しかくれ
或は――
[#ここで字下げ終わり]
 それを聞くと、昔のなあーんまいだんぶつ――が流れ込んで、高く登る幾流の旗を見やると、
「生き葬い!」
 斯《こ》ういう気持ちが犇々《ひしひし》として魂を吹いて来た。

       三

 この村でも、最早毎日のように出征兵が送られて、二十人以上にも達している。
 上海《シャンハイ》に於て戦死者が一人、負傷者が一人、出たとの事である、
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