村になっている、東西は一里、南北は五町|乃至《ないし》十町位のものだろう。そこで多摩川を一つ越すと、それが前にいった通り秩父山脈の余波が、ほぼ平均した高さを以て何里となく東へ足を伸ばしている、だから百姓弥之助の建物のある地盤から見ると「ここは高原の感じがする、山を下に見る」といって山住居《やまずまい》をしていた或る学者が来て、不思議そうに眺めたことがある。無論高原というほどの地点ではない、武蔵野の一角に過ぎないが、例の秩父山脈の余波の山脚が没入している山の裾《すそ》よりも原野が高くなっているところを見ると、成るほど薬研《やげん》のような山谷から来た人の眼には高原と云った感じがするかも知れない。
 さて、百姓弥之助はいつも見飽きているこの植民地のような風景が、今日はバカに美しいと感じながら、暫《しばら》くボンヤリと眺めていると、崖下の本村の方から楽隊の音が聞こえ出してゾロゾロと人が登って来る、続いて軍歌の音が送り出されて来る。
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天に代りて不義を討《う》つ
忠勇無双の我が兵は
歓呼の声に送られて
今ぞいで立つ父母の国
…………
[#ここで字下げ終わり]
 続いて笹付
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