ないか。日本現在を斯くも安らかにしているのは、皆、外に戦っている肉弾のお蔭である。

       九

 弥之助は植民地から東京へ往復するに国産小型自動車を用いて居る。
 自動車では相当に苦労したものである、あえて贅沢《ぜいたく》のために自動車を欲しがるものではない、自分の健康上と業務の上との両方面から経済的にこれを利用し度いとの希望の為に、二台まで中古自動車を買ったが、皆失敗した。
 その一つはダッチブラザーの古物であったがこれは旧式ではあるが中々機械の質がよく少々利用して東海道、東山道など突破した事もあるが、長く続かなかった、部分品や修繕に中々金がかかるのと正式運転手を一人やとい入れるのとではかなりの大負担になる、そこで世話をした自動車屋が、営業上に籍を置いて呉れて必要の時だけ乗りまわす事にしたが、万事につけて出費が多くてものにならなかった。
 そのうちに一人の青年が来て私立大学に通う学資を得る為に運転手をし度《た》い、幸い、自分は免許状を持って居ると云う事を申出て来たからその話に乗り込んで中古のシボレー一台を買い込み、営業用に登録し必要の時はこちらが乗ると云う事に約束をきめてか
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