あったのを覚えているが、先年来た時本堂の前庭の桜は花盛りであったが、三百年に該当するような大木はついぞ見出されなかったがここへ来て見てはじめてそれと分った、立札を見ると、

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三代将軍家光お手植桜
樹高――三十二尺、周囲――八尺、樹齢――二百九十年
寛永十六年再築の時植付
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 とある、それから書院を廻って見ると三代将軍誕生の間というのがある、ハテ、家光公はここで生れたのかしら、どうも家光が川越で生れたという説は聞かない、そこで思案にくれていると、髪の毛を分けた若い書生さんが出て来たからその人を捕えて聞くと、この書院なるものがその以前江戸城内のもみじ山にあったのをそっくりそのまま当院へ寄付されたということで、それから今須弥壇になっている一間を通してあちらの間は春日局がお産の祷りをした間であると伝えられ、それからまた国松方の間者として入り込んでいた侍女を差し殺したという伝説もある。
 というようなことを教えてくれた、そう云われて見るとなるほどこの建築は普通寺院の書院とはちがってどこぞ古城の櫓の中を見るような気持がする、果して三代将軍が生れたも
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