がこの島を歌わないということが、お松にとっては、この島が人の住むべき島でない、人が住むことに、何ぞ障壁のあるべき島だということの暗示にならないでもありません。
それよりもなおいけないのは、万々一、そんなことは予想するさえいやで、また予想するほどの必要が微塵《みじん》もないことですけれども、島の検分に赴《おもむ》いた船長さんと田山さんの一行の上に、何かの異変が――というようにまでもお松は念を廻《めぐら》してみるのであります。
そこで、身は船室に於て、船長なき後の船の一切の機密をあずかると共に、耳は高くメイン・マストの上に働いて、今にも起るべき、予報と、合図を待つことに集中されているのであります。
幸いにしてやや暫く、歌うべきものの歌う声が起りました。お松は福音《ふくいん》を聞き貪《むさぼ》る如く、その声に執着すると、その歌は――
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ダコタの林の中に
小屋を作り
パンを作り
泉を飲み
大地と岩と
五月の花をながめ
星と
雨と
雲とに驚けば
ものまね烏が啼《な》く
山鷹が飛ぶ
わたしは
新世界のために歌う
脚には聖なる土
頭の上には太陽
地球は廻転する
偉大なる哉
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