はさんざん考えさせられたが、本来は、なにも少しも考えることはない、手取早い話が、交番へ届ければいいのである。交番がその辺にまだ設けられてなければ、しかるべき役向へ、土地の人を介して届けてもらいさえすれば、事は簡単明瞭に済むのだが、今日、米友の場合、それがなかなか簡単明瞭には済まない。盗んだ物とすれば盗んだ奴に罪はあるが、拾った者に罪があるはずがない。拾って、しかしてこれを隠せば当然罪になる。拾ってそうして我が物とすれば、これは猫婆《ねこばば》というものであって、泥棒に準じた罪に置かれることは米友もよく知っている。
ただ、米友の場合、困るのは、拾い主には拾い主としての義務がある、責任もあるというその心配なので、まず第一に、自分の住所氏名から訊《ただ》される、これが苦手であること。領分は変り、国境《くにざかい》は違っているのだけれども、いったん生梟《いきざら》しにまでかけられた自分の古瑕《ふるきず》が、不必要なところであばかれた日には気が利《き》かねえやな。
いやだなあ! そこで、米友は一気にあきらめてしまって、その金袋を、通行人の隙をうかがって、三宝院の境内の藪《やぶ》の中へ投げ込ん
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