と本邸の方へ伺候《しこう》しましたが、ほどなくわが庵《いおり》へ戻って来てから、改めて控えのがんりき[#「がんりき」に傍点]を呼び出して、わが庵の炉辺の向う際へ据《す》えつけ、さて言うよう――
「明日は、しっかりやってくれ、がんりき[#「がんりき」に傍点]名代《なだい》の腕を上方衆に見せてやってくれ、頼むよ。時に、その前戦《まえいくさ》の小手調べに、ひとつそのバクチというやつの本格を、拙者に見せてくれまいか。拙者通俗の概念というはあるが、実際の経験というはない、予行演習をひとつこの場で見せてもらえんものかなあ」
「合点《がってん》でござんす――ずいぶん、がんりき[#「がんりき」に傍点]の腕のあるところをお目にかけやしょう」
と言って、がんりき[#「がんりき」に傍点]の百は、いま一方だけの手を懐ろの中に差し込んだと見ると、ズラリ引き出した自前の胴巻、それを逆さにふると、一つの小箱が飛び出しました。小箱の大きさ全長が一寸五分、幅が一寸足らず、関守氏が拾い上げて見ると、「下方屋」と書いてある。がんりき[#「がんりき」に傍点]が受取って、パチンとその小箱の合せ目を外《はず》すと、コロがり出した
前へ 次へ
全386ページ中47ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング