がおのおのの方向に向って、おのおのの武器を持っている。世には千手観音《せんじゅかんのん》という尊像もあるのだから、三十六や七は数に於て問題でないが、その生血の滴る現実感の圧迫にはこたえざるを得ない。
五体を見ると、逞《たくま》しい黒青色の黒光り、腰には虎豹の皮を巻き、その上に夥《おびただ》しい人間の髑髏《どくろ》を結びつけている。背後は一面の鮮かな火焔で塗りつぶされている。よく見ると、その火焔の中に無数の蛇がいる。おお、蛇ではない、竜だ。夥しい小竜大蛇がうようよと火の中に鎌首をもたげているのみではない、なおよく見ると、あの臂《ひじ》にも、この腕にも、竜と蛇が巻きついている。
顔面はと見ると、最初は、正面をきった不動明王のようなのばかりが眼についたが、その左右に帝釈天《たいしゃくてん》のような青白い穏かな面《かお》が、かえって物凄い無気味さを以て、三つまで正面首の左右に食《く》っついている。なおよく見ると、その三つの首のいずれもが三眼で、その眼の色がいずれも血のように赤い。その口には、牙をがっきと噛み合わせた大怒形《だいどぎょう》。
なお、その振りかざした三十六臂のおのおのの持つ得
前へ
次へ
全386ページ中30ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング