のお喋《しゃべ》り坊主のお株をも奪おうとする、重ね重ね、怖るべき運命の悪戯だと思わないわけにはゆかなかったからでしょう。
 しかし、この点は前ほどに、二人をおびやかすに至らなかったことは、この程度の雄弁は、いわゆる門前の小僧の誰もよくするところで、あえて天才の異常のさせることではないのです。口癖にのみ込ませて置きさえすれば子供でもすることで、ここに行われるのみならず、他のいずれでも行われる。また、素材をとっつかまえて来て、もっと誇張した吹込みをして、世人の好奇心の前へ売り物に出すことは、むしろお角親方の本業とすることだから、こういうのには、さのみおびえるには及ばなかったのです。
 つまり、弁信法師の怖るべき舌堤の洪水は、超絶的の脳髄がさせる、千万人の中の天才の仕業ですが、この小坊主のは、そんな手数のかかるものではない。この場合、またよく似ている、あんまりよく似ている、さきに米友で、あれほど人をおびやかしながら、またもお喋り坊主のお株にまで手をのばそうとする、このこましゃくれが面憎くなったからでありましょう。
         七
 お庭拝見が済むと、お銀様だけが改めて、弥勒堂後壁の 
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