す。賢愚と、不肖と、性格と、体格には、遺伝があり得るけれども、怪我というものは後天的なものだから、兄貴が負傷して跛足になったからとて、弟まで怪我をして跛足になり得るという遺伝はないのです。
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おっちょこちょいと
おっちょこちょいが
夫婦になれば
出来たその子が
また、おっちょこちょい
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 これは、ふざけたような口合い唄でありますけれども、また一面の真理たるを失わない。
 おっちょこちょいの倅《せがれ》に、おっちょこちょいが生れるということは有り得ることで、王侯将相豈種《おうこうしょうしょうあにしゅ》あらんやというは、それは歴史上を均《なら》して、幾千億万分の一の特例であって、標準とすべくもありません。百姓の子は百姓になり、大工の子は大工になり、町人の子は町人になることに、わけて階級制度のやかましい日本の国では、滔々《とうとう》たる世間並みのおきてになっているが、跛足《びっこ》の子が跛足であり得ること、兄が跛足なるが故に、弟も跛足という常識はありません。
 腕の喜三郎親分(前の政友会総裁鈴木喜三郎氏のことではない)は、兄貴が喧嘩で片腕を失った
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