ち》して上げるべきはずなのに、それをせずに、こうして、いい気になって、娘ざかりをあだに過させ、今後とても、そういう希望を以て、君を世に出して上げることが覚束ない、それを思うと、自分の罪に戦《おのの》かずにはいられないのです。人というものは、己《おの》れの理想に熱中していると、知らず識《し》らずその家庭に大きな犠牲を作るものだということを、今ごろ、つくづくと考えさせられた次第なのです。そこで、そなたの身が不憫《ふびん》でならなくなりました、今までは、物としての人を見たのですが、今は人としての女を見たのです、自分の心の弱き部分が綻《ほころ》びて、血を出したようなものなのです、深く気に留めないで下さい」
 物やさしく言う駒井の言葉が、今日はナゼかお松の心を動かすことが深く、いつも、はきはきと答える言葉が、今日はまとまらず、この深甚《しんじん》な、異例の言葉に対して、何と挨拶すべきか、お松はぽっとしてしまいましたが、やがて、卓の上に泣き伏してしまいました。声を揚げて泣いてしまいました。

         二十六

 その時から、駒井甚三郎とお松との間の感情が、平静を失いました。
 お松は、駒
前へ 次へ
全386ページ中119ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング