信仰がまず正義を呼んで言いました、
「ねえ、友さん、しっかりしなくっちゃいけないよ」
「うん」
 ここで、まず、信仰と正義との受け渡しがありました。
 女がまず口を開いて、男がこれに応じたこと古事記の本文と変りはありません。だが、ここでは巻直しにならないで、女の方があくまで押しが強い。
「お前という人は、正直は正直なんだが、信心ごころというものがありません、人間、正直はいいけれども、正直ばかりじゃ世に立てないよ、信心だね、人間のことは神様仏様がお見通しなんだから、神様仏様を御信心をして、それからの話なんですよ、今日はお前、お嬢様が御信心ごころでおいでになるんだから」
 ここまで教訓した信仰の鼓吹者は別人ならず、江戸の両国の女軽業《おんなかるわざ》の親方、お角さんなのです。お角さんはあれで信心者だから、仮りに三位一体の信仰の一柱《ひとはしら》に見立ててみたたまでのことで、その神妙な指令の受方《うけかた》になっているのが即ち宇治山田の米友なのであります。
 宇治山田の米友は正義の権化《ごんげ》です。そこで、これを三位一体の一柱と見立てたが、信仰の申渡しに反対して、正義はあえて主張を試
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